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At the gymnasium storeroom 体育館裏の倉庫1

「なんだこれ!?」  開けたのは、体育館の裏にある、何の変哲もない、くそ重たい倉庫の扉、だったはずだ。  まず目に飛び込んできたのは、やたらでかいベッド。ほの暗い照明の中、奥にガラス張りの浴室が見える。童貞が二次元で得た知識と、部活内でのバカ話を総動員して判断するに、これは、 「……ラブホ?」  ぜんっぜん、体育関連の倉庫じゃねえ。前に来た時に見たはずの、ボールや卓球台や網、マットや跳び箱等々一切無いし、椅子や机のような、学校生活を連想させるものも無い。  開いた口が塞がらない、という現象をまさにいま、生まれて初めて経験している俺、当麻新太(とうまあらた)は極々普通の高校二年生だ。極々普通の進学校に通っていたつもりだったが、どうやら俺の認識は、学校にある倉庫の中身が、ラブホ部屋にすり替わるレベルで誤っていたらしい。だいたい、外から見た倉庫の大きさと、いま目の前にある部屋の大きさが違いすぎるのは、どういうことだ? 「はーいはいはい、混乱されているのは重々承知しておりますが、しかしこの魔法陣、発動してしまったのでございますよ、お客様」 「ほわっ!」  真横から突然声をかけられ、俺は奇声を上げて跳び退る。声の主を見て、更にぎょっとした。  首から下は、フロックコートにネクタイ。執事とは、と聞かれたら思い浮かべるような格好だ。どうしてこんな場所に、という疑問はさて置き、百歩譲って、首から下はまとも、と言えなくもない。だが。 「……頭だけ、猫の被り物?」 「そりゃもちろん、猫だからです、お客様」 「え、謎かけ?」  自慢じゃないが、俺はとんち系の思考は苦手だ。ふっさふさの毛に覆われた、本物の三毛猫っぽい作りの頭に、視線が釘づけのいまは特に。 「さてお客様方、こちらのお部屋の説明に入らせて頂きたいのですがよろしいですか?」  お客様方、の言葉で俺は後ろを振り向いた。そういえば、一緒に来たはずの同じクラス、体育委員の周央直(すおうなお)は、これまでノーリアクションだ。見れば、両手で戸を掴んだまま、戸枠の上に立っている。いや、もしかしてもたれ掛かってる?  周央の色白の肌が、いつにも増して白い。怖くて声が出ない? 目眩でも起こしたか。  周央は二年生になってから、体調不良での遅刻や休みが多くなった。本人に原因を問い質したことは無いが、虚弱体質なのだと思う。 「大丈夫か、周央?」  周央は俺の方を見て、こくりと頷く。その視線はすぐに逸らされた。 「ふむ、なかなか良いカップルですな!」 「おいこら、何でいまのやり取りでそうなるんだよ? 俺にも周央にも失礼だろ」  俺は拳を握り、猫頭の執事――正体は不明のままだが、便宜上そう思うことにした――の胸元にぐい、と押しつける。 「俺達は体育委員の当番で、この倉庫の点検と掃除をしに来ただけで、カップルとか、そういうのじゃない」  大きな猫目が、至近距離からじっとこちらを見つめる。 「最近『ロッカーのヒロシくん』っていう怪談が流行ってて、放課後から早朝にかけて、体育館裏にある倉庫へ行くと“ヒロシ”って名前が落書きされたロッカーの中から幽霊の声が聴こえるだの姿が見えるだの、ポルターガイスト現象? 部屋がぐしゃぐしゃに荒れるだの、そもそもこの倉庫自体に辿り着けないだの、まあそれはここに来たくないやつの言い訳だろうけど、とにかく学生が放課後、中に入れない掃除できない、ってのは問題だってことで、生徒会からの指示で各クラスの体育委員が順番で様子見を……って何ナチュラルに話してんだ俺ぇ!」  己の順応性の高さに身震いがする。人見知りはしない方だと自負していたが、妙な空間の中、変態と思しき人物と意思疎通を図ろうとする俺も、十分おかしい。 「わたくしは、この姿を恐れずお話ししてくださることに感謝しております。意思疎通が可能であることの、何が問題なのでしょう?」  きょとんとしながら首を傾げるその仕草が、リアルに猫っぽくて気持ち悪い。 「では、説明に入らせていただきますね」 「いやいやだから……」 「愛するもの同士!」  大声で俺の発言を遮った執事は、両手を広げ、朗々として口上を述べる。 「肉体を互いに欲するは、自明の理、自然の摂理!  愛の昂りは真っ直ぐに、肉体の昂り、疼きへと繋がっていくものです。  愛の証として、また本能の発露として結合したい、という欲求は至極当然のこと。しかし社会的にはまだ幼く、安心して欲望を吐露する場所が、なかなか得られない。  それはまさに、水を渇望するもオアシスに辿り着けぬ、砂漠の旅人!」  執事は突然、立ち位置を変える。俺の身体がびくっと反応してしまった。 「したい? うん、したいけど、ウチじゃダメ。 僕もダメだ、親が帰ってきてる」  猫頭を振り振り、右へ左へ移動し、声色までいちいち変える。どうやらカップルになりきっているようだ。 「外は論外よ! 教室も部室も怖すぎる。じゃあどこで? そうだ、体育館裏にある、倉庫へ行こう!」  京都へ行こう感のある言い方で、拳を振り上げる。 「と、いうわけで、ここをオアシスとし、訪れるふたりを応援するのがこの部屋なのでございます!」 「あー、例え話とかいらないから、もうちょっと、簡潔に纏めてくれ。理解し難い……」  執事は食い気味に答える。 「承知致しましたお客様、では申し上げます。ここは魔法仕掛けの」  胸に右手を添えお辞儀をした後、ふんっ、と胸を張り、溜めを作る。 「いわゆるヤり部屋、というやつですな!」

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