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At the gymnasium storeroom 体育館裏の倉庫2

 キまった、と言わんばかりの表情の執事を俺は眺めた。駄目だ。こりゃマジだ、マジで頭がおかしい。 「……出直して来る」 「はて、出直すとは?」  再び、執事はきょとんとして首を傾げる。 「うん、キャパオーバーすぎて、最早お前が何を話してるのか分からない。とにかくここから出してくれ。職員室へ行って、体育館裏の倉庫には『ロッカーのヒロシくん』的な、俺が想像してたようなパンクでロックンロールなバンドマン幽霊じゃなく、猫の被り物した危ない変態がいたという報告を」  後ろから、ふっ、と吹き出すのが聞こえた。よし、どうやら周央の笑いが取れたようだ。周央の笑い声なんて、レア中のレアだからな。今日のところはそれで充分だ。俺はそう決めた。さっさとこんなところから出て行こうそうしよう。 「嫌ですねえ、お客様。リクエストにお応えして、折角例まで挙げましたのに、分からないだなんて」 「リクエストなんて、したか俺?」 「それにもう、出られませんよ?」 「……は?」 「お伝えしたではありませんか、ここは魔法仕掛けのヤり部屋だと。扉が閉まればもう、魔法陣の円環が閉じられ、魔法が本格的に発動致します。本番をヤるまで絶対、開きません!」  またもや胸を張り、大層明け透けに言い放つ。俺はドン引きしかけて、あることを思い出した。後ろを振り向き、 「やっぱり!」  扉を閉める音は聞いていないのだから、当然扉は閉まっていないはず…… 「ちょ、ちょっと待ておい周央!」  周央が、引き戸の取っ手に手をかけ、がらがらと閉めていく。  がたん、という重い音と共に、外の世界との繋がりが断たれた。 「ああああ! 何でだ周央!?」  周央は、俯いたまま固まっている。いや、心なしか震えているようにも見えて、これ以上訊ね辛い。 「パートナーとおヤりにならない限り、ここから出られません、鉄則でございます。  では、この部屋の設備についてご説明いたしますね、まず」  つらつらと言葉を並べる猫頭に視線を戻す。周央の行動はひとまず置いておこう、体調が悪いせいで、猫頭の話を理解できていなかったかもしれないしな。  そうだ、周央は恐らく具合が悪い。早く保健室へ連れて行かなくては。 「つか、お前何、何なの? エロ伝道師みたいな? それとも、人のエロいところ見るのが趣味な変態? 録画して動画売っ払うとか? すまないなアテが外れて。俺達は本当に、お前が思ってるような“パートナー”じゃない。エロ目的でここに来たわけじゃない。オアシス求めてない。だから他を当たってくれ。いますぐここから出せ」  選ぶ言葉がきついかもしれないが、こうなったらもう、挑発してでも何をしてでも、ここを出るしかない。 「おかしなことを仰いますね、お客様。この部屋はお客様の仰るような、下賤で卑劣な行為を行う場では決してございません」  執事は、心の底から心外、とばかりに頭を振る。 「そもそもここに辿り着ける方々は、想い合うふたり、なのですよ?」  想い合うふたり? 想定とは違う返しに、俺は困惑する。そんな曖昧な基準、どうやって判断するんだ? 「想い合ってる……っていうのはどうやって見分ける? 基準は? 例えば、一方だけが好きな場合は? 単に掃除に来た二人組の体育委員はどーなるんだよ!」  執事はふむ、とあごひげを撫でる。顎のあたりの毛が、ひげならばだが。 「面白いことを仰いますねお客様! しかし」  大きな猫目が、きらりと光る。 「ありえません、断じて、あり得ません! この魔法陣が間違いを犯すなど。そのような不要な者、倉庫の屋根すら拝めませんよ!」 「屋根すら拝めないって、まさか……」  体育館裏の倉庫に辿り着けないって噂は、やっぱ本当なのか? と尋ねる前に、んんっ、と周央が咳をした。  やばい。話が脱線してるし、周央はやはり具合が悪いようだ。 「とにかくだ、俺達は」 「なのでおふたりはカップル、ということです」  はあああああああああ、と大きなため息が出た。  疲れる。このやり取り、いつまで続ければ誤解が解けるのか。 「ちっがうっつってんじゃん! どこをどう見りゃそうなるわけ? いいか!?」  俺は、ずっと後ろに控えていた周央の両肩を掴み、隣に立たせる。 「俺、男! そしてよーく見ろ、この、周央も男だろ! 男にしてはすっげー綺麗だし可愛いよ? 美人だよ? 色白だしさあ! 俺も最初見た時分かんなかったよ、うっかり女の子と間違えたよ! 変に色気感じることもあるからたまに何か間違い犯しそうだとか、ちょっとだぞ、ちょーっとだけ思ったことあるけど、そういう話を友達としたことあるけど! だけどなあ、残念だが、周央は男なんだよ!」  誤解を解く為、俺は嘘偽りない、自分の考えを必死に主張した。 「おい、周央も何か言ってくれ!」  援護射撃を求め、隣の周央を見遣る。 「……」  周央は掌を口に当て、赤面して俯いていた。 「周央、大丈夫か。気持ち悪い? 吐きそう?」  ぶんぶん、と首が横に振られる。気持ち悪くはない。じゃあ、何だ? 「え、まさか照れてるとかじゃないよな?」 「……うっさい黙れ」  とうとう両手で顔を覆い隠した周央は、小さい声で答えた。  おいおい、試しに聞いただけなのに、うっさい黙れがお返事とは。 「さて、ご意思は確認出来たことですし、早速準備致しましょうか!」  うきうきと浴室に向かう執事、相変わらず顔を隠したまま――しかし真っ赤に染まった耳と首元は丸見えだ――立ち尽くす周央。 「え、何、この温度差」  俺がひとり、展開についていけてないってことか? まさかの置いてけぼり? 「……んん?」  ふと、とある可能性が頭を過ぎった。カップル? 想い合っている? 「ちょ、ええええええええ?」 「……ぇぇぇぇぇぇ」 「声小さいわ! そして今更だ!」

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