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番外編 Before I use witchcraft 魔法発動前 後編

 ええと、何でこんなことになったんだろう。待って、そうだよ、きっと深く考えちゃいけないんだ、うん。心頭滅却すれば火もまた涼しだ。何か別のことを考えよう。  布団の中に、温泉独特の匂いが充満する。それから、熱を伴った、人の匂い。きっと当麻自身の匂いだ。  当麻、何故か僕と温泉に入りたがってたよな。僕が入るのを断って、とても悲しんでいたようだった。  凄く申し訳なかったけれど、具合が悪いという理由で断れて、僕としては良かった。温泉に一緒に入りたくなかった理由は、女の子の話をこれ以上当麻の口から聞きたくなかったのと、もう一つ。  当麻の裸を見て、僕が冷静でいられる自信が無かったからだ。  一年生の時から、体育の授業の前後なんかで何度も見ている上半身。身長が伸びて、筋肉もしっかりしてきてどんどん男っぽくなる腕や胸の辺りが、最近本当に直視できなくなってきている。  視線を外そうとすると、骨と筋肉でごつごつした足、腰回りに目がいってしまう。そして、下着に包まれた、大きな膨らみ。  通常時であの大きさ。あれに触れて、もっと硬く、おっきくさせて……  違う違う! 僕は頭を抱えた。別のことを考えるにしたって、そっちの方向はダメだろ! いまはおかずの時間じゃない!  よし、詠いを思い浮かべよう、そうそう、まだ魔法陣が不安定なところがあったんだった。陣の内容を見直すべきか、それとも詠いを工夫すべきか。いや、もう少し……  ふるふるっ、と身体が震えた。さっき当麻が布団をめくった時、僕の体温で温もっていた場所に、冷たい外気が入ってきたのだった。春とはいえども、まだまだ夜は寒い。特にここは山間部だし。  そういえば、セバスを守りとして倉庫に置いてきたけど、ひとりで大丈夫だろうか。寒くないかな。いや、セバスのことだから大丈夫か。仔猫の時ならまだしも、いまは自分でまじないを何種類も使えるようになっている。  セバス、周央家に貰われてきた時はあんなに小さくて可愛かったのに、あっという間に大きくなっちゃったよな。人型にさせると、僕よりでかいのはどうしてなのだろう。 「周央、周央」  物思いに耽っていたせいで、布団の外からの呼びかけに、咄嗟に反応できなかった。 「寒いから、ちょっと拝借」  足にひんやりとした何かが当たった、と思ったら、あっという間に、足で足をがんじがらめにされる。ひっ、と声を上げそうになり、ごくりと空気を飲み込んだ。  当麻はくくっ、と小さく笑いながら、 「熱、もーらいっ」  何故かテンションがやたら高い。 「あー、思った通り、あったかー! てか、やっぱ熱いな。熱あるんだもんな。あ、そうだ。周央、俺に熱、移せばいんじゃね? 楽になるかも」 「いっ、いらないっ! も、だっ、大丈夫っ、だから」  やっとの思いで声を出す。自分でも驚くくらいか細い声だった。 「な、具合悪い?」 「ち、違、そっ、そんなんじゃないっ」 「そっか、なら良かった」  言いつつ、当麻は僕の足に自分の足を絡め、すりすりと擦る。え、ほんとこれ、どういうこと!?  暫く無言で、ひたすら擦られる。 「周央の足って、すべすべだな。すげー気持ち良い。温泉の効果かな?」  僕はシャワーしか浴びてないし温泉の効果だったらむしろお前の足がすべすべなんだろ、とか何とか言いたいのに全く声が出ない。息だけが上がってきた。  触れ合う肌と肌。硬い筋肉に覆われた柔い皮膚が、優しく重くのしかかる。自分のものではない体温が、直に伝わってくる。しかもそれが、当麻のものだというだけで。  ああ、ダメだ。凄く、勃ちそう。  口を開けたら変な呻き声が出そうで、僕は必死に口を塞ぐ。必然、鼻息が少々荒くなってしまう。  くっそ、斉藤、明日必ず文句言ってやる、どういうつもりか知らないけれど、この状況を作ったの、絶対わざとだろ!  ベッドが軋んで、少しずつ当麻が距離を縮めてくるのが感じられる。  どうしよう、逃げられないのに。当麻を近づけさせないようなセリフが、一言も思い浮かばない。かといって、別の考えで脳内を満たして身体を落ち着けようとしても、やっぱり、触れ合っている肌の感触に意識が戻ってしまう。  もうこれでもか、ってくらい足で撫で回されている。  ぴったりとくっついたふくらはぎが擦れ合い、足の裏で足の甲を軽く踏まれる。逆に、僕の足の裏が、当麻の足首に当たる。足だけで、こんなにも気持ち良くて、凄くエッチな気分になるなんて。  気がつくと、僕の手は自分の股間を押さえていた。布越しでもはっきりわかる。僕のものは、完全に、硬く起き上がっていた。  ダメなのに。もっと感じたい。  僕はそっと、パンツの中に手を突っ込んだ。  じっとりと汗ばんだ自分の掌で、熱く、硬くなった竿をゆっくり掴む。先っぽを指の腹で弄ると、少し液体が染み出して。同時にきゅんと、後ろの窄まりが反応する。  計画の前準備の弊害だ。  最近毎晩、セックスで穴をスムーズに使えるようにするため、指を入れて徐々に慣らす訓練をしている。穴に指を入れるだけでは当初、違和感が半端無く、とても達せる様にならないと思ったので、前も一緒に扱いていた。  だからこれは、条件反射だ。いつもおかずにしている相手は真後ろにいるし、いま勃つのは、仕方が無い。  そう。妄想の相手が、セックスをどうしてもしたい当麻がいま、すぐ側にいる。  止めなくちゃいけないのに、止められない。    耳を澄ませる。斉藤の、規則正しい寝息が聞こえてきた。  ああ、もうダメ。  左手で、硬くなった竿を握り込み、右手の指をこっそりと、先へ進める。中指の腹が窄まりに当たった。穴がきゅう、と反応する。  あとちょっとだけ。もうちょっとだけ、感じたい。  足は当麻に捕まっているから、背中だけが丸まり、頭はどんどん布団の中に潜り込んでいく。  つぷりと、指が入った。ふうっ、と息が漏れる。  動かしたく無いのに、左手がゆるゆると上下する。中指で中を少しだけ掻き回すと、息が浅く、早くなる。いつもより数倍、感度が上がってる気がする。唇を噛み締め、懸命に息を殺す。  もしもこの手が、当麻の手だったら。左手に力が籠り、また指先で、先っぽを弄って、 「周央、寒い? 震えてねえか」  背中にぴったりと掌が当てられる感触。びくっ、と背中が跳ねた。 「あとさ、何か匂いしねえ? あんま嗅いだこと無い……」  声がめちゃくちゃ近い。ふぅ、と暖かい空気が首筋に当たる。  当麻の息だ、近過ぎてもう無理ヤバいダメだバレる!! 「ちょ、止めろ!」  僕は慌てて当麻の方へ身体を向け、思い切り当麻の腕を払った、つもりだった。力が入らず、中途半端に出してしまった左手首を、当麻に掴まれてしまった。竿を握って、我慢汁でやや濡れてしまっている、左手のすぐ下。 「はっ、離せっ……」  顔が猛烈に熱くなる。どうしよう、どうしよう!? 当麻が、僕のを握った手を!  どうしよう、もしバレたら嫌われる、変態って思われる、気持ち悪いって、 「気持ち、悪いっ!」  口にした次の瞬間、あまりの言葉の強さに、血の気が引く。離してもらいたいからといっても、明らかに言い過ぎだ。酷い。  当麻の手が、離れる。  僕は呆然とした。  ああ、もうダメだ、終わった。計画も何もかも、全部。当麻に完璧、嫌われてしまった。気持ち悪いだなんて。当麻じゃなく、自分が気持ち悪い奴なのに。 「ごめんな、周央」  静かな、落ち着いた当麻の声に僕は顔を上げた。布団の中、隙間から入り込んだ僅かな光に照らされた当麻と、目が合う。 「悪かった。今日、周央といつもより、もっと近づけるかな、って俺、勝手に楽しみにしちゃっててさ。やっとチャンスもらえて、調子に乗った。ほんとごめん」  当麻は、全然怒っていなかった。眉を下げて、凄く申し訳なさそうにしている。 「俺もなるべくくっつかない様に気をつけるからさ……ごめん、周央。おやすみ」  違う、寧ろ僕の方こそ謝らなきゃ、と思った時には、当麻の顔は、布団から出てしまっていた。ごそごそと体勢を変え、こちらに背中を向ける。  酷い言動をした僕を責めずに、逆に謝ってくるなんて。本当に、優し過ぎる。感極まって、少し涙が出た。  目の辺りを手の甲で擦り、息を大きく吸って、吐いて。当麻の背中に手を伸ばしかけて、やっぱり止めて。代わりに、壁側に身体を向けて、少しずつ後退りして近づいて、当麻の背中と、僕の背中を少しだけ合わせた。  気持ち悪いなんて、大嘘だ。本当は大好きだし、触りたいし近づきたい。きっと、当麻が考えている以上に、近く、深く。  少しでも、伝わるかな。  当麻。  あともう暫くしたら、この身体に、もっと触れることができるはずだ。上手くいくかどうか、確証はない。でも、僕が欲しいものは、当麻だけ。  大丈夫、大丈夫。  同じクラス、同じ委員になれた。まだ調整は必要だけれど、魔法陣だって、完成間近だ。セバスも手伝ってくれてるし、ここまで誰にもバレてない。  順調だ。  懸命に、背中から伝わってくる、当麻の温かさを感じ取る。  当麻と身体を繋げる。そして僕と当麻が繋がった思い出を、僕だけが手に入れて。当麻から、この学校からさよならする。最悪、周央家やカヴンからも追い出されるかもしれない。それが、計画の結末だ。  だから、僕の方こそごめん、当麻。  さっき気持ち悪いって言ったことも、手を払ったことも、こんな僕が、当麻のことを好きになってしまったことも。 「……ごめんね、当麻」  ―――――――――――――――――――― 「斉藤、周央は?」 「第一声がそれかよ。お早う」 「はよ。で、周央は?」  部屋割の関係で、階段を降りる辺りで合流できるだろうと踏んで待っていた俺の前に現れたのは、斉藤ひとりだった。 「周央は明け方本格的に熱出して、いまは寝込んでる。体温計で計ったら三十九度あった」 「は!? 大丈夫なのか?」 「ああ、大丈夫だろ。いまは末田が面倒みてるしな。刺激が強過ぎたかな……」 「えっ、は、ちょ、斉藤、お前どこまで」  刺激と言われて、俺は顔が熱くなった。 「どこまで? 何の話だ。周央、いままでお前くらいの距離感で人と接したことが無かったから興奮し過ぎて、ちょっと具合が悪いのが悪化したってとこだろ。それ以外、何かあったか?」 「いーやー、何もない。そうだな、きっと興奮し過ぎたんだよな」 「お前が弄り過ぎ、ともいうだろうな」 「だよな、反省してます」  反省は、しなくちゃならない。間違いなく、俺は周央にちょっかいを出し過ぎた。たぶん、具合が悪いところに俺が好き勝手に触って混乱させてしまったのだろう。  しかし良かった、斉藤は周央が勃起してたことにまでは、気づいていなかったらしい。  まあ、俺も何となく布団に顔を突っ込んで、周央の背中と身体の動きを見れたからこそ、察することができただけだしな。 「ところでお前、いつの間に自分の部屋に戻った?」 「んーと、周央がぐっすり眠ったの見届けた後、かな。何時かは、そういや見てなかった。トイレにも行きたかったし、どうせ先生達も寝てるだろうと思って」  気づいていなかったのか。普段の斉藤の敏感さを考えれば、途中で起こしそうかもと思っていたのだが、杞憂だったらしい。布団入った後、すぐ寝落ちてたっぽいしな。 「てか、俺を部屋に残したの、わざとだったんだろ? 考えてたのとちょっと違ったけど、収穫はあったから帰ったよ。ありがとう」 「ああ、伝わってて何よりだ。ま、周央がお前の変態的距離感にどん引きせずに『ごめんね、当麻』とか言ってくれて、良かったんじゃねえの」 「!? きっ、聞こえてたのか!」 「別のベッドっつっても同じ部屋だしな。聞こえないと思う方がどうかしてるぞ。まあ、かなり眠かったから、そこしか聞いてねえけど」  小声でしかやり取りしてなかったのに! うわあ、斉藤怖え! 周央の状態がバレれなかったの、もしかして奇跡だったのか!? 「ほら行くぞ、これ以上ぼやっとしてると時間に遅れる」  斉藤が、朝食の用意された座敷の方へ歩き始める。会話から受けた衝撃が強すぎて、その背を後ろから追いつつも思考が飛ぶ。  気づかれなかったのは良かったとして、とにかくああいう流れになったのは全部、俺のせいだったのだろう。  周央が相手だと、俺はどうにも距離感を間違いやすいようだ。でも、同じ布団に入ったら、友達同士、じゃれ合ったりするよな? そこはきっと、間違ってないと思うんだ。  じゃあ、相手の股間に支障をきたした場合、普通はどう行動するんだろう。あれ以上放置して、決定的な何かが起こるのを阻止したくなった。斉藤からも、隠したかった。だから咄嗟に、素知らぬ振りをして周央の背に手を置いた。  俺は、どうすれば良かったのか。他に方法は、あったのだろうか。  こき合いっこか。部活内の噂では聞いたことあるが、結局、実際にやってる奴なんて見たこと無いし、そもそも近くに斉藤がいるところでできたもんでもない。  俺が、黙って周央のだけを抜く。もしくは、抱き締めて宥める。  ぼんやり思い浮かべた行為は、何故か下半身にずん、と甘い衝撃をもたらした。お、何だこれ。  俺は頭をぶんぶんと左右に振った。  とにかくだ。周央にとっては不本意で、気づいて欲しくない類のことだろう。このことは記憶から完全消去しよう、そうしよう。それが一番だ。  肝心なのはそこじゃない。周央が、最終的に自分から近づいてきて、背中を合わせて眠ってくれたこと、そして謝ってくれたことの方が重要だった。  恐らく、俺と周央の距離は縮まったはずだ。  周央が時折見せる、諦めというか、一線を引いている感じがいつも何となく、俺を不安にさせていた。それを払拭するための、距離を縮めるチャンス。きっと俺は生かせたはずだ。  てか、謝った時の周央、すっげー可愛かったような気がするんだよな。あの周央が、少しずつ、少しずつ寄ってきて、黙って背中合わせてくるとか。あの周央が!  くっそ可愛いにも程がある。  周央、俺のことちゃんと好きだよな? 好きは言い過ぎだとしても、少なくとも、嫌われては無いはずだよな?  何も言わずに突然、どっか行ったりしないような仲に、なれただろうか。 「おい、まだ何か引っかかってんのか?」  前を歩いていたはずの斉藤が、あきれ顔でこちらを向いていた。俺は、いつの間にか立ち止まっていたらしい。 「風邪っぽくは見えなかったからきっと、考え過ぎて知恵熱でも出してるんだろ。お前が何にも気にしてない、ってことを伝えれば、周央の具合は良くなる。朝飯食った後、自主学習前にもう一回部屋に戻るから、その時言っとく」 「……ああ、頼むよ、斉藤」  まただ。また、胸の辺りがもやっとする。 「やっぱさー、俺よりも斉藤の方が周央の事、理解してんのかなあ?」 「はあ?」  斉藤が首を捻る。 「俺さ、周央を一番理解してるのは自分だ、って、人に言いふらせるとこまで到達したいんだよな、たぶん」  そう、きっとそうだ。だから斉藤に対して、胸がもやっとするのだろう。 「またお前は……ったく、正解に辿り着くまでに、どれくらい時間が必要なんだか」  斉藤が、謎なことを言う。あれ、俺いま、自主学習の問題の話とかしてたっけか?  俺が首を捻り返したのを見て、斉藤は俺に構わずさっさと歩き始めてしまった。俺は、慌てて斉藤を追いかけた。

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