その日は本当になんて事ない普通の日で、僕はいつも通り薬剤の調合に使う薬草を採りに、草原に出かけていただけだったんだ。 花はそこここに咲き乱れ、風はそよそよと柔らかくそよいでいる。気温もちょうどいいし、お日様もぽかぽかと気持ちいい。 ものすごくのどかでうららかな、春の日。 あまりに気持ちいい陽気だから、ちょっと足を伸ばして湖まで行ってみるか、ってふと思ったんだ。 辿り着いた湖は陽の光を映してキラキラと光っていて、これまで見た中で一番綺麗だった。 来て良かったなぁなんて思いつつ、幸い他には誰もいなかったから薬の調合に使う薬草なんかをのんびりと採取して、滅多に湖までなんて来ないからと、ついでにこれも、ついでにあれも、と欲を出したのが失敗だった。 湖の一部に群生する背の高い草を掻き分けて、根本に生えるオーリ草という水草を夢中になって採取していたら、いきなり真後ろで何かが倒れるような鈍い音がしたんだ。 「！！！？？？」 魔物か！？ 一瞬震え上がったけど、魔物特有の瘴気は感じられない。 おそるおそる振り返ってみたら、僕とおんなじくらいおっきい黒い塊が倒れていた。 ……犬？ それとも狼か？ 耳とかしっぽとか、見た感じイヌ科っぽい。 ピクリとも動かないからつい凝視していたら、どうやら背中に深い傷を負って気を失っているように見えた。 魔物にでも襲われたんだろうか。 毛並みがものすごくいいから、もしかしたらどこかの飼い犬だったのかも知れない。 ……手当て、するか……？ ちょっと悩む。 魔物じゃなくたって野生化したイヌ科の動物に本気で襲い掛かられたら僕だって無事じゃすまないかも。 でも今は気を失ってるっぽいし、ものすごく綺麗な毛並みの立派なワンちゃんっぽいから、ワンコ好きの僕としては助けてあげたい気もする。背中なんて、舐めて治癒するのも難しそうだし。 幸い手持ちのポーションは三つほどある。ひとつくらい使ったって、今日ここから帰る分くらいなら問題ないだろう。今日はいっぱい素材も採れたし、帰ったらまた作ればいいんだから。 薬師ならではの気軽さで、真っ黒ワンコにポーションを使ってやる事にした。 ポーション片手に真っ黒ワンコにおずおずと近づく。その途端。 「ガウッッッ」 「ひぃっ！！！」 真っ黒ワンコの首がグイッと持ち上がり、思いっきり牙を剥いて吠えられた。 恐ろしすぎて思わず尻餅をついた僕は悪くないと思う。だって心臓が止まるかと思ったくらいに怖かった。 めちゃくちゃ威嚇してくるじゃん……！