1 / 6

01.ざまあを夢見て

最初の内は、僕もギラギラしてた。 コンマ一秒でも速くなりたい 。 日本一の、世界一のスイマーになりたいって。 夢いっぱい。楽しさいっぱい。すごく充実してた。 この競泳人生は、Easyモードなんじゃないか。 そんな漠然とした疑念を抱くまでは。 血塗られた真っ黒な難易度選択画面で、僕の手はぴたりと止まった。 コントローラーを持つ手から力が抜けていく。 モニターからすっと目を逸らすと、カーテンから朝日が差し込んでいるのが見えた。 別に開けなくていいか。 どうせ直ぐに夜になるし……なんて思ってたら、控えめにノックされた。 「(ごう)。練習に行かなくていいの?」 母さんだ。 心配そうに。酷く言いにくそうに訊ねてくる。 凄くもやもやした。全部ぶちまけてしまいたい。 でも、出来ない。諦めてしまっているから。 どうせ理解してもらえない……なんて、みっともなく不貞腐れて。 「いいよ。別に出ても、出なくても結果は変わらないから」 「そんなこと……」 「大丈夫だから。心配しないで」 煩わし気に返すと、母さんの足音が遠ざかっていった。 ほっと息をついてコントローラーを握り直す。 選択したモードはVery Hardだ。 「ぐ……あっ! あ~あっ……」 始めて直ぐのところで死んだ。 真っ赤になった画面の向こうで、ゾンビ達が嗤ってる。 「あんなん無理だって」 コントローラーを放り投げて、ゲーミングチェアに寝そべる。 何か乗らないな。もういいや。漫画でも読もう。 リクライニングを倒して、スマホを手に取る。 電話もメッセージもきてない。 オフラインにしてるからだ。 我ながら思い切ったことをしたな。 後のことを考えると、色々と憂鬱になる。 今は考えないでおこう。 さて、どれにしようかな。 予め落としておいたものの中から、一冊選び取る。 「…………」 読み始めたのは所謂『異世界転生』ものだ。 この手の漫画を読む度いつも思う。 こんなふうにイキれたり、褒めてくれる人達を(いたずら)に羨んだりしなければ、もっと楽に生きることが出来たんだろうなって。 「いや、違うな。僕は主人公じゃない。『ざまあ』される側か」 ヘイト要員達がきちんと報い(=ざまあ)を受けるのも、この手の作品の醍醐味だ。 「……そっか。『ざまあ』……か」 妄想が膨らむ。 主人公が天狗になっている僕を完膚なきまでに叩きのめす。 無様に膝をつく僕を見て、みんなが嗤う。 そんな中で、僕はリベンジを誓う。 ナメた態度を改めて、必死になって努力していくんだ。 だけど、それでも僕は彼を超せない。 そんな僕を見て、みんなが一層嗤う。 もしかしたら、彼も嗤うかもしれない。 けど、それでもいい。 欲を言えば彼のライバルに。 何かしらな形で、意識を向けてくれたら嬉しいけど。 「ははっ、なんてね」 スマホを伏せて、ぼんやりと天井を見上げる。 漫画ももういいや。寝よう。 明日は『ジャパンオープン』。 五輪のメダリスト達に混ざって泳ぐ日だ。 何かが変わることを夢見て、僕はそっと目を閉じた。

ともだちにシェアしよう!