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02.迫るゴール

「男子平泳ぎ200メートル。第一位 厳巳(いずみ) (ごう)君。アクアクラウン、緑山学院大学中等部」 僕は溜息を押し殺しながら、表彰台の上に立った。 手は振らない。軽く会釈をしてメダルを貰う。 直後、両サイドから殺気を感じた。 右は前回五輪の金メダリスト。 左は去年の世界水泳の王者だ。 確かに二人は速かった。 でも、僕との差はそれぞれ 0.46秒と0.50秒 。 1秒にも満たない差だけど、競泳の世界では完全なる敗北を――今の泳ぎでは絶対に勝てないことを示している。 このまま僕がピークを迎えたらどうなるのか。 ……止めよう。もう考えたくもない。 照明やカメラのフラッシュを受けて、金色のメダルがキラキラと輝く。 周囲が祝福ムードに包まれる中、僕だけが一人取り残されていった。 「厳巳選手、優勝おめでとうございます!」 「……ありがとうございます」 表彰式が終わるなり、直ぐにインタビューが始まった。 相手は横結びの何ともフレッシュな感じのお姉さんだ。 腕をぐんっと伸ばすような恰好で、僕にマイクを向けてきている。 僕は無駄に図体がデカいから。 一番最近の身体測定では177センチあった。 少し背中を丸めて、マイクに顔を近付ける。 「歴代最年少での優勝! それも、十年ぶりの大会新記録だそうで!」 「良かったですね」 「え゛っ!? あ、……ははっ! 相変わらずクールですね~……」 「………………」 「最年少でのオリンピック出場が期待されていますが、厳巳選手ご自身の意気込みとしてはいかがでしょうか?」 「僕はただ泳ぐだけですよ」 「……はい?」 「泳いだ結果出られるようなら出ますし、ダメだったらダメで別に構わないです」 「おぉ! 弱冠十五歳でこの貫録!! これはもう金メダルも夢じゃないですね!!」 五輪で金メダルを取ったら、いよいよ終わりだと思っている。 僕にとってそれはナンバーワンの証だから。 「…………」 手にした瞬間、もう……きっと諦めちゃう。 主人公なんていない。 これは僕の孤独な無双物語なんだって。 「あっ、あれ? あの……厳巳選手?」 「すみません。ちょっと疲れてしまって」 「そっ、そうですよね! お疲れのところ、ご協力をいただきありがとうございました!!」 僕は軽く頭を下げて、ロッカーに向かった。 周囲では同じ格好の人達――紺色のシャカパンに、白い上着を羽織った人達が談笑をしている。 だけど、僕にはそんな相手はいない。 今日も今日とてぼっちで過ごす。 「準備が出来たらエントランスに来い。バスはもう来てるからな! 急げよ!」 「コーチ」 「あ゛?」 的場(まとば)コーチ。確か年は四十五歳。 僕が所属しているスイミングスクール『アクアクラウン』の専属コーチで、五年程前から指導を受けている。 中肉中背の色白な垂れ目で、一見すると優しそうなおじさんに見える。 けど、その実体は競泳界でも一、二を争うレベルの鬼コーチだ。 怒鳴り声がデフォで、やたらと高圧的な態度で接してくる。 そりゃもう腹立つくらい鬱陶しいけど我慢してる。 何やかんやで腕はいいからね。 「僕は電車で帰ります。それじゃ――」 「おい、ちょっと待て。さっきのインタビューは何だ!? ちったぁニコリとでもしろや!!」 「……出来たら苦労しませんよ」 ここ数年笑った記憶がない。 家でも、学校でも、競泳でも。 僕だって不味いとは思ってる。 けど、こんな状況下でヘラヘラし出したら、それこそもう終わりな気がして。 「ぐっ!?」 突然、頬っぺたに何かが食い込んだ。これは……コーチの指か。 僕の口角を上げて、無理矢理笑わせようとしているみたい。 これは何ハラにあたるんだろう。 「使えるモンは何でも使え。お前に似た俳優がいんだろ。『塩顔のプリンス』だったか? プリンスに似てんだから、お前もイケメンってことになるんだろ? なぁ?」 コーチが言う通り僕は『塩顔』だ。 目はほんのり丸みを帯びた奥二重で、鼻筋だけが何かやたらと通ってる。 ただ、顔の美醜については正直よく分からずにいる。 ていうか、興味がない。 どうだっていいんだ、そんなこと。 「おい、コラ。シカトしてんじゃねえぞ」 「ひゅみまひぇん。ぼくアニメしか見ひゃいのれ」 ぱっと解放される。 会話が成立しない、とでも思ってくれたのかな。 あ~、良かった。けど、強く握られ過ぎたせいか痛みが引かない。 しばらくは引きずりそうだ。 「発言も見直せ。なーにが『ただ泳ぐだけ』だ。『五輪には行けたら行く』だ。やる気あんのかテメエ」 「ありませんけど」 「テメエ!! いい加減にしろ!!!」 「っ!」 僕の頭の後ろにコーチのゴツい手が触れた――かと思えば、ぐっと引き寄せられてコーチの額に僕の額が乗っかった。

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