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10.君がいない未来

 永良(ながら)(あご)に力が籠る。目も伏せて、眉間に皺も寄せて。  嫌がってるの? それとも困ってるの? 「お前は……っ」  お前は? 原因は僕? 「だああぁあああああ!!!」 「っ!!?」  永良が大声を上げた。耳がキンキンする。 「~~っ、何? いきなり――」 「俺はお前を『ざまあ』する男だ!!」 「えっ? あっ、うん。そうだね」  戸惑いが力を奪う。永良はその隙を逃さずに僕の手を払いのけた。 「だっ、だからお前とは馴れ合わねえ!」  それが君の本心なの?  だったら何で、何でそんな悲しそうな顔をしているの? 「永良――」 「~~っ、じゃあな!」 「あっ! ちょっと」  永良が駆け出した。慌てて後を追う。早い。全速力で走っているのにまるで追いつけない。それどころかどんどん引き離されていく。 「待って!!」 『ドアが閉まります。ご注意ください』  永良は電車に駆け込んだ。電車が動き出す。僕だけがホームに取り残された。 「はぁ……はぁ……無理……っ」  膝に手を突く。肩が上下に揺れてる。呼吸も乱れたままだ。 「ゴホッ! ゴホッ!」  しまいには()せ出した。酷くみっともない姿だ。無様にも程がある。 「ハァ……っ、ハァ……くっ……何なの……っ」  あの分だと100m11秒台もあり得そうだ。そのぐらいとんでもない速さだった。  因みに僕は100m15秒5。平均よりも遅めだ。 「君、取り組む競技間違えてない?」  陸上に行っていたら、間違いなくスター選手になっていただろう。 「間違え? ……っ!」  背筋が凍った。まさか。そんなわけないと内心で否定する。けど、その声はどんどん小さくなっていく。 「スカウトなんてされてないよね?」  永良はまだ15歳。中学3年生だ。あのポテンシャルならきっと間に合う。  競技によっては熱心に勧誘してくるところもあるかもしれない。それこそ陸上とか。 「まさかそれで……?」  それで消極的なの? 僕と仲を深めることに。。  約束を果たしたら、あるいは切りの良いところで消えるつもりなの? 「~~っ、そんなの絶対に許さないから」  僕は近くにあったベンチに乱暴に腰かけた。そのまま水筒を取り出してがぶ飲みする。 「……………………っ、嫌だからね」  永良がいなきゃ意味がない。……意味がない。…………何で? 「……何でだ?」  僕は顎に手をあてて思案し始めた。 Q1:永良にこだわり続ける理由は? A1:僕にとって永良=主人公だから。ギラギラな僕を誰よりも純粋に求めてくれている人だから。 Q2:『ざまあ』された後は? ギラギラな僕を取り戻した後は? A2:永良と――。 「仲良く……なりたい」  だからか。だから、永良がいなきゃ意味がないんだ。を永良に。友愛を求めているから。 「本当、勝手だな」  (ようや)く理解した。いや、認めたと言った方がいいのかもしれない。  まずは一歩。  問題はここからだ。 「……どうしよう」  永良が転向を希望したら。その時はやっぱり止めに入ってしまうのかな。行かないでって駄々を()ねてしまうのかな。 「……付いて行けたらいいのに」  そんなの無理に決まってる。ただ思うだけ。願望だ。  ははっ、ダメだ。考えが纏まらなくなってきた。この件は一旦置こう。  誰もいない地下鉄のホームで溜息をついた。外気に触れて徐々に冷たくなっていく。心も。体も。全部。全部。

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