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09.足りないもの
『ざまあ宣言』から7か月後。僕らは例のゴミ箱の横のベンチに腰かけていた。
どっちも馴染みのジャージ姿だ。僕の上は白、下は紺。永良 は上下共に黒だ。
周囲では金木犀 が咲き誇っていた。オレンジ色の小さな花が集まって、こんもり丸い花みたいになっている。何だかミカンみたいだ。甘くて清涼感のある香りが何とも心地いい。
「どうだ!」
そんな中で永良が賞状を見せてきた。
――全日本選手権大会 男子平泳ぎ200m 第8位 永良 悟行 殿
と書かれている。
あの後、永良はインターハイに辛々出場。惜しくも入賞は逃したけど、今回の全日本で爆発的な成長を見せてくれた。
大学生や社会人がいる中での8位だ。永良はもう無名なんかじゃない。
「俺だってやりゃ出来るんだよ♪」
永良の表情はとても晴れやかだった。僕の頬も自然と緩む。
「そうだね。永良は本当によく頑張ったと思うよ」
凹凸がついた体からも伺える。お腹、背中、頸 部、足の内側には鍛錬の証がしっかりと刻み込まれていた。
チート級の脚力に胡坐 をかくことなく、短所を削る努力を重ねてきたんだ。誰にでも出来ることじゃない。本当に立派だと思う。
「なっ……!?」
永良が仰け反った。その表情はまさに驚愕といった感じで。
「何? その反応」
「いや……その……っ、お前……、他人のこととか全然褒めなさそうだからさ」
「あのね、そんな人間が『ざまあ』なんて望むわけないでしょ」
「あっ、そうか。むしろ嬉しいのか……」
「そうだよ。だーからっ、もっともーっと頑張ってよね?」
「……っけ、わーってるよ」
永良は不貞腐れたように返した。
ああ、そうか。もっと褒めてほしいんだな。
僕はそう都合よく解釈して手を伸ばした。永良のやわらかそうな黒髪に向かって。
「なっ!? っ、にすんだこのバカ!!」
弾かれた。他でもない永良の手で。
「……痛いな」
「調子に乗んなよバカ!!!」
「僕はただ労 おうとしただけだよ」
「あのな、頭ぽんぽんってのはチビにとってみりゃ屈辱以外の何モノでもねーんだよ!!!」
「じゃあ、ハグは?」
「~~っ、触られた時点で諸々露呈すんだよっ!! 俺のSAN値がゴリゴリに削られてくんだっ!!!」
「それはちょっと……被害妄想が過ぎない?」
「うっせ!! とにかく触ンな!!」
激おこだ。その割に賞状はとても丁寧に丸めていく。律儀だ。いや、宝物だからか。
「あっ……」
永良は賞状をリュックにしまうなり立ち上がった。帰る気だ。僕は咄嗟 に彼の腕を掴んだ。
「ぐっ! ~~っ、テメエ、話し聞いてたか?」
「もう少し話そうよ」
「っ! もっ、…………………………もう用は済んだだろ」
「……っ」
そう。僕らはいつもこんな感じだ。
僕だけがひたすらに前のめりで、永良はひたすらに避けて避けて避けまくっている。
交流が生まれて半年以上経つのに、未だ連絡先すら教えてもらえていない。
永良に何か事情があるのか。あるいは僕に原因があるのか。それは分からない。分からないけど。
「5分とか、10分でいいからさ」
僕は一層強く永良の腕を握った。頷いてくれることを切に願いながら。
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