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19.純情派主人公な君と共に

「なっ、何だよ?」 「ねえ、永良(ながら)」  掴んだ永良の手を一層強く握り締める。 「い゛っ!? ~~っ、この『のっぺりゴリラ』が――」 「もう逃がさないからね」 「………………はっ? ……~~っ」  脈が速くなったような気がした。「バカ!」が飛び出る3秒前、かな? 「今度こそ僕と馴れ合――」 「~~っ、くそがッ!」 「っ!?」  永良は僕に腕を掴まれたまま後退した。そのまま彼の背中はクリーム色の壁へ。 「ぐっ! ……なっ、何?」  僕は壁に手をついた。両手だ。永良は僕の腕の間に。所謂『壁ドン』っぽい体勢になる。何で? 何がしたいの? 「う゛っ」  永良がネクタイを掴んだ。上体が下がる。おでこを重ねようとしているのかな? 近距離で睨みつけるために。 「っ! んっ……」  ……あれ?  おでこじゃない。  唇だ。唇が重なってる。やわらかくて、温かくて、心臓が凄くうるさくて。 「分かっただろ? 俺はお前のダチにはなれねえんだよ」  手は自然と自分の唇に伸びた。まだ残ってる。永良の唇の感触が。 「……好きだから?」 「…………………言わせんな、バカ」 「ふふっ、そっか」  笑ってしまうぐらいあっさりと()に落ちてしまった。点と点が繋がり合っていく。 「全部が、全部、僕のことが好きだったから……なんだね?」  『ざまあ執行人』を引き受けてくれたのも、血の滲むような努力を重ねてくれたのも、頑なに僕との馴れ合いを拒み続けてきたのも――。 「もしかして、7つの頃から?」 「…………………」  永良はばつが悪そうに目を逸らした。図星みたいだ。 「すんごい純情」 「~~っ、悪かったな」 「なるほどね。僕はそうとも知らずに君を煽り散らかしてたってわけだ」  バックハグしたり、押し倒したり、甘えたり……心底浮かれまくってた。我ながら酷いなと思う。 「これはもう『ざまあ』されて(しか)るべきだよね」 「……は?」  言葉の意味を咀嚼(そしゃく)しきれていないみたいだ。目が点になってる。それだけ永良にとってみれば予想外なことなんだろう。そう思うと胸の奥がむず(がゆ)くて。 「その『ざまあ』も僕に頂戴」  調子に乗って小首を傾げてみた。そうしたら永良がわなわなと震え出して。 「お前な意味分かってて言ってンのか……?」 「そうだね。『ざまあ』だから、『わからせ』になるのかな?」 「~~っ、ンな趣味はねえよ」 「……本当に? 好きにしていいんだよ?」  顔と体を寄せてみる。直後、永良の体が大きく跳ねた。顔もどんどん赤くなっていく。  面白いぐらいにハッキリと唾を飲んだのが分かった。ゴクリと。大きな音が立つぐらいに。こういうの生唾を飲むって言うんだっけ? 「嘘つき」 「~~っ、俺は純情派だ!」 「はいはい」  予想外ではあったけど、こんな関係も悪くないと思えた。  君と一緒にいられるのなら正直なところ何でもいい。そう――何でもいいんだ。だから今、僕はここにいる。 「じゃあ、僕はこれで帰るね」 「見学は?」 「やることがあるから」  今の僕の周りは物凄く騒がしい。お叱りを受けるのは間違いないだろう。  だけど、もう僕は決めたから。悪いけどこのワガママは通させてもらう。 「……………せめて、これはちゃんと持って帰れ」  永良は僕の手を取るとメダルを握らせた。優しく包み込むように。 「ありがとね。受け止めてくれて」 「……もう二度とすんなよ」 「君次第だよ。『100年に1人の逸材さん』」 「~~っ、はいはいはいはい」 「それと、『純情派な永良君』」 「ぐっ!? テメエ……」 「ふふっ、じゃあまたね」  僕はみんなに挨拶をして外へ。その足で『アクアクラウン』、所属しているスクールに向かった。終わりと始まりの話しをするために。  僕の引退騒動は大きな波紋を呼びながらも、想定よりも早く終息した。これも(ひとえ)的場(まとば)コーチ、須階(すがい)コーチのお陰だ。  引退会見の折、僕の言葉が足らない部分を的確にフォローしてくれた。感謝してもしきれない。 「やるからには天辺取れよ」 「はい。お世話になりました」  僕は的場コーチに頭を下げて長年所属した『アクアクラウン』を後にした。  それから数年後。競泳の厳巳(いずみ) (ごう)は過去のものに。僕は飛込の厳巳 豪として飛込界を牽引していた。自他ともに認める永遠のライバル・永良(ながら) 悟行(さとゆき)と共に。 Fin

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