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18.決着(仮)

「俺の代わりなんていくらでもいるんだよ。単にお前が気付いてないだけで、その気になって探せばいくらでも……っ!?」  永良(ながら)の頬を包んで、無理矢理に顔を上げさせる。彼の目尻には、うっすらと涙が(にじ)んでいた。 「いるのかな?」 「……ああ、いるよ。俺の代わりなんていくらでも――」 「ふ~ん?」  僕は永良の涙を拭った。永良は「はっ」として大きく舌打ちをする。  そうか。そうなんだね。永良は僕を捨てたんじゃない。逃げたんだ。僕が他の誰かに夢中になる――そんな姿を見たくなくて。  そう思っていいんだよね? 「……ねえ。五輪のレース、ちゃんと観てくれた?」 「当たり前だ。何百回、何千回と観たわ」  思わず吹き出してしまった。永良は悔し気に鼻を(すす)る。 「凄かったでしょ?」 「聞くまでもねえだろ」 「ふふっ、そりゃそうだよね。何たってあれは僕の競泳人生のなんだから」 「勝手に終わらすな」 「2分3秒54だよ? 不足はないと思うけど」 「はっはっは! 確かになっ! 2分5秒48からの2分3秒54だもんな~。お前、控えめに言ってバケモンだよな」  スガイさんが乗ってきた。ありがたいけど何と言うかオーバーだ。を思うとちょっと、いや大分居た堪れない。 「……どうも」 「向こう10年、いや……下手するともうずーっと破られないんじゃねえか?」 「あの」 「ん?」 「もうその辺りで。十分ですから」 「おぉ? ははっ! そっかお前、コーチは的場(まとば)だったな! かぁ~、そりゃ褒められ慣れてねえよな~。可哀そうに~~」 「いえ、不足はないですよ。僕にはあれぐらいで――」 「これからは俺がた~んと可愛がってやるからな♡♡♡」 「えっ?」 「は? ……はぁっ!? ちょっ!? ハァッ!? スガイさんまで何言ってるんですか!!??」 「何驚いてるんだ? (ごう)がやりたいって言ってんだ。断る理由なんてないだろ?」 「~~っ、大アリですよ。コイツは――」 「申し遅れたが、ヘッドコーチのスガイ ヨウスケだ。漢字はこれな」  スガイさんは吠える永良を他所にIDを見せてくれた。  須階(すがい) 陽介(ようすけ) と書くらしい。珍しい苗字だな。勝手に菅井さんだと思ってた。 「厳巳(いずみ) (ごう)です。改めてよろしくお願いします」 「あっ、俺は伊藤――」 「だから、待てって!!」  須階さんと僕の間に永良が割って入った。永良は僕の方を向いてう゛ーっと牙を剥く。 「言い忘れてたけど、コーチからも了承は得てるから」 「あっ、あの鬼コーチがッ!?」 「コーチも僕と同意見なんだよ。あの泳ぎが集大成。あれ以上はないと思ってるんだ」 「ンなわけあるか!! 期待するに決まってんだろ!? お前ならもっとやれるって――」 「ははっ、まぁ的場ならそう言うだろうな。アイツは苦労したタイプだから」  知らなかった。でも、もし須階さんの言う通りであるのなら納得もいく。僕を送り出してくれたことにも。(いたずら)な虚勢にも。 「……何だよ。何なんだよ。何でみんなそんな……っ、そんな簡単に諦められるんだよ」  永良のこの怒りを、不満を一朝一夕で解消させることは出来ない。だけど。 「ふふっ、望むところだよ」 「あ゛?」 「ようは、君のその未練を吹っ切れるぐらいの成果を出せばいいんでしょ?」  声が勝手に弾んでいく。久々の感覚だ。血が沸くような、雄叫びの一つでも上げたくなるようなこの感覚。 「くそ……っ、何だよその面」  永良は悔し気に表情を歪めた。悪くないと、そう思ってくれているのかもしれない。今の僕もまたギラギラしているんだろうから。 「その代わり、君も頑張ってよね。君、こっちでなら出来そうなんでしょ?」 「無双って……」 「初っ端から僕に手加減なしの、手酷い『ざまあ』をかましてよ。僕はそこから這い上がるから」  永良の黒い瞳が大きく揺れた。その目は凄く、凄くキラキラしていて。 「ひゅーーー!!!」」 「ははっ! やっぱ王者サマは言うことがちげーなぁ?」 「っ!!?」  歓声が上がる。しまった。人前だってことをすっかり忘れてた。途端に気恥ずかしくなる。胸の中で悶絶(もんぜつ)していると、糸目の先輩が話しかけてきた。 「俺、 伊藤(いとう) 幸太郎(こうたろう)。16、高1の同い年~。一応12の頃からやってるから、分からないこととか、困りごととかあったら色々と頼って」 「ありがとう。よろしくね」  伊藤君からは凄く近しいものを感じた。仲良くなれそうな気がする。 「くそ……っ、何で……こんなはずじゃ……」  歓迎ムードの中で、永良だけが変わらず不満げだった。その内に他の生徒達も入ってきてレッスンが開始される。  永良はまだ気持ちが整っていない、とのことで須階さんに指示されるまま僕の横でストレッチをすることになった。 「ほら、これ」  メダルを差し出してきた。変わらず不貞腐れたままだ。僕は苦笑しつつメダルに触れる。 「あっ……」 「何だよ?」  今なら言ってもいいかな? みんなの目もこっちには向いていないし、それに――この調子なら「バカ!」とか言ってスルーしてくれそうだし。 「厳巳?」  よし。言おう。  僕は悪戯心のなすままに永良の手首を掴んだ。

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