17 / 19

17.僕には君が必要で

「少なくとも俺自身は、厳巳(いずみ)と過ごした時間を無駄だとは思っていません。自分で言うのも何ですけど、これまでの人生の中で一番頑張った時期で……」  ああ、そうだったね。君は僕を(だま)してた。だけど、その努力は本物で。  脳裏に過るのは、貰った賞状を無邪気に見せてくる永良(ながら)の姿だ。 「……っ」  勝手に目尻が潤んだ。鼻を(すす)ってそれとなく拭う。 「だから、頑張れるんです。こんな俺でも、やれば何でも……とまではいきませんけど、出来ることはあるんだって! そう思えたから」 「おぉ! 言うねえ~」 「だから、な? 厳巳」  永良は僕の手を取って――メダルを握らせた。触れた手は変わらず小さくて温かい。 「俺はここで、すげえ結果をいっぱい出すよ。今度こそちゃんとお前に『ざまあ』が出来るように。……だからさ――っ!」  僕はメダルを突き返した。手に永良の鼓動が伝わる。 「厳巳……?」  悪いけど、僕には無理だ。  君は『思い出』と『励んだ事実』だけで頑張れるんだよね?  でも、僕は違う。……違うから。  僕は永良の手を取ってメダルを握らせた。 「えっ? おっ、おい! 何して――」  僕は慌てふためく永良に背を向けて、スガイさんと向き直る。 「スガイさん」 「ん? ああ、俺? 何々?」 「永良は『100年に1人の逸材』なんですよね?」 「そうだ」 「なら……」  ――「後は好きにしろ」  コーチの後姿が頭を過る。  ごめんなさい、コーチ。  それから……ありがとうございます。  僕は両手に力を込めて――スガイさんに問いかける。 「僕はどうですか?」 「「「……………………は?」」」  その場の全員が疑問を口にした。僕はそれだけのことをしようとしているんだ。しっかりと受け止めて両手を広げる。 「僕のダイバーとしてのポテンシャルは? 可能性、感じますか?」 「おっ、おま! 何言ってんだよ!!!」 「ははっ! なるほどな~。そう来たか……」  スガイさんは顎に手を当てて思案顔を浮かべた。僕の体を上から下までなぞるようにして見ていく。 「すっ、スガイさん! こんなヤツ相手にしないで――」  スガイさんは手一つで永良を制止させた。そのまま一層険しい表情で僕を見ていく。 「まっ、待ってください! コイツは――」 「そうだな。『50年に1人』ってとこだな」  途端に僕の頬が緩む。 「っふ、ふふ……永良の半分ですか」 「不満か?」 「いえ」  悪くない。凄くちょうどいい。 「因みに根拠は?」 「まずは、その長い両手足だな。上手く使えば、審判の心証バッチリな演技が出来るだろう。それと……Fly(平泳ぎ)仕込みの体幹、ふてぶてしいまでの強靭なメンタル。そして何よりお前さんを絶対王者たらしめた『水を掴む感覚』、それは間違いなく入水に活きてくるはずだ」 「「たっ、確かに」」  糸目の先輩と、案内役のコーチが同調した。ともすればお世辞の線も消える。疑う余地はないだろう。  僕は胸の中で、再度的場コーチに謝罪して――決意の言葉を口にする。 「ありがとうございます。それでは僕も飛込に――」 「ざけんな!!」 「っ!」  永良は僕の肩を掴むと強引に反転させた。 「……痛いな」 「なぁ、厳巳。よく聞けよ」  永良は顔を(うつ)かせている。表情は見て取れない。それが僕には不安でならない。僕は堪らず小さく咳払いをした。

ともだちにシェアしよう!