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13.擽り合うようにして君と話をして

『今年の全日本は、五輪への切符がかかった大一番です!』 『ええ! そのため、会場の熱気も例年以上! 選手ではない私自身も、とても緊張しております!!』 お化粧バリバリの女子アナさんと、やたらと暑苦しい感じの男のスポーツキャスターさんが、きゃっきゃと盛り上がっている。 場所はプールサイド。 ウォーミングアップをしている選手達を背景に、競技の説明や取材に対する意気込みを語っていた。 予選はネット配信。 本戦は地上波で放送するらしい。 ちょっと鬱陶しいけど、まぁ仕方がない。 僕は白いジャージを羽織りながら、黒いスイミングキャップを外した。 下は……このままでいいや。 ジャージ+水着姿のままプールサイドを歩いていく。 「いたいた」 永良(ながら)だ。 大学生や社会人も一緒の大会ということもあって、小柄で童顔な彼はとてもよく目立つ。 そんな彼もまた水着姿で立っていた。 ショート丈(太腿にかかるぐらい)を選ぶあたりが、何とも彼らしいなと思う。 「……ん? 何見てんだろ?」 永良の目は、ダイビングプールの方を向いていた。 そっちではブーメラン型の水着姿の人達が、軽やかに宙を舞っている。 確か……一番高いところで10メートル。 電柱とか、バスと同じぐらいの高さなんだよね。 そんなところから飛び降りるだけでも凄いのに、二回も三回も宙返りした上で、水しぶきが立たないように入水するんでしょ? あの競技を極めた人の背中には、マジモンの翼が宿るのかもしれない。 「いいぜー! バッチリ刺さってた」 タブレットを手にしたジャージ姿の男の人が、選手を労っている。 十中八九、コーチだろう。 糸目のゴリマッチョ。凄く爽やかで、温かい感じの人だ。 僕もあんなコーチが良かったな。 「っ!」 見過ぎたのかな。 メッチャいい笑顔で手を振ってきた。 どうしよう。応えた方が良いのかな。 ……なんて、内心でみっともなく焦っていたら、永良がすっと頭を下げた。 それを受けて、ゴリさんが一層爽やかに笑う。 どうやら、僕じゃなくて永良に手を振っていたみたいだ。 「あのコーチと知り合いなの?」 「うぉおぉ!!? ビックリした!!! 声ぐらいかけろよ……っ」 「ごめん。で、どうなの?」 「……知らね。誰かと間違えたんじゃねえの?」 「なら、無視すればいーじゃない」 「バカ。そんなん……ワリィだろうが」 まったく……。 君って妙なところで気を遣うよね。 まぁ、そういうところも嫌いじゃないけど。 「ねえ。約束、ちゃんと覚えてるよね?」 「ああ。今日はちゃんと最後まで付き合う」 「なら、よし。それじゃね」 「は? それだけ……?」 「悪い?」 永良が呆れ混じりに笑った。 僕にはそれが何だか擽ったくて、心地よくって。 「……っ、厳巳(いずみ)」 呼び止められた! バッと振り返ると、永良は怯んだように息を呑んで――ふるふると首を左右に振った。 「……悪い。何でもねえ」 「寂しくなっちゃった?」 「~~っ、んなわけあるか!!!!!!」 「二人で抜けちゃおっか?」 「ざけんなっ!! 誰のために練習して来たと思ってんだよ」 頬が緩む。 思わず「ふはっ」と笑ってしまった。 「んの野郎っ! 笑ってんじゃね――」 「ありがとう。凄く嬉しい」 「……っ」 永良は次の瞬間、バッと勢いよく顔を俯かせた。 ……何だか物凄く良い予感がする。 僕はその予感のなすままに、さっとしゃがみ込んで永良の顔を覗き込む。 「わぉ……」 顔、真っ赤だ。トマトみたい。 「おわっ!? 見てんじゃねえよ、このバカ!」 「ヤダよ。それも僕のでしょ?」 「~~っ!!? 自惚れてんじゃねえよ、このバカ!!」 今にも泣き出しそうだ。 たぶん、僕のため……なんて言うつもりはなかったんだろうな。 あともう少しだけパニくる君を愛でたいところではあるけど、いじけられても困るしな。 うん。ここまでにしておこう。 「本当にありがとう。それじゃ、またね」 「……何なんだよ、ったく……」 背を向けてその場を後にする。 振り返りたい気持ちをぐっと抑え込みながら。 ――その後、大会は滞りなく進んだ。 永良は惜しくも予選敗退。 僕は優勝して、五輪への切符を手にした。

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