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12.思ってたんと違う

「さっ、行くよ」 「お前、練習は……?」 「サボって来たに決まってるでしょ」 永良(ながら)の目がますます大きくなって、口がぽかーんと開いていく。 何か……ハムスターのミームを思い出すな。 ケージの隅で口を開けて驚いてるヤツ。あれ好きなんだよね。 ふふっ、と笑いながらパシャっと撮影。 そうしたら、永良が吠え出した。 言わずもがな、我に返ったんだろう。 ハムスターになったり仔犬になったり……。 ほんと、見てて飽きないな。 「サボっただ!? 何やってんだよ、このバカッ!!!」 「うるさいな……」 「お前な、ちったぁ的場(まとば)さんの気持ちも汲んでやれよ。あの人はお前に本気なんだよ。本気でお前のこと、一番にしようとしてんだ」 ……的場さん? 妙に親しげだな。まさか――。 「コーチに絡まれたの?」 「当たり前だろ。傍から見れば、お前は被害者。貰い事故を喰らったような形になってんだ。的場さんが見過ごすわけがねえ」 永良が言っているのは、『春の中学生大会』でした『ざまあ宣言』のことだ。 けど、彼が言うほど大事にはなっていない。 もっと言うと、完全スルーされているような状態だ。 あまりにも力の差がありすぎて、誰もまともに取り合わなかったんだ。 それはコーチも同じで、永良を話題にすることは一度もなかったんだけど。 「嫌なこと言われなかった?」 「バカ。メッチャ感謝されたわ。俺なんかに頭まで下げて」 「あの人が? 嘘でしょ……」 「とにかく、今からでもいいから練習行け。特急乗りゃ、ギリ間に合うだろ」 「ヤダ」 「なら、『ざまあ』すんぞ。それでもいいのか」 「……それって、もう口も聞かないってこと?」 「そうだ」 「それは……困る」 「なら、とっとと行け」 永良が歩き出す。 話しは終わりだと言わんばかりに。 僕は堪らず「サイアク」と呟いたけど、それでも永良は止まらない。 「それから、ここにも二度と来んなよ」 「オフでも?」 「こんなとこに来る暇あったら、しっかりカラダ休ませろ」 気遣ってくれてるようでいて、突き離されているような気がする。 やっぱり彼の中には『鉄の掟』が。 『推しである僕と私的な関係になるのはNG』みたいなものがあるんだろう。 今回の一件で良く分かった。 永良を脱オタさせない限り何も始まらない。 早く例の作戦を決行させないと。 「話なら、年明けの全日本で聞いてやるから」 「……四か月も先じゃない」 「そうだな」 「…………」 「…………」 永良の背中がどんどん遠ざかっていく。 ワンチャンもう一発食らいつきたいところではある。 永良とモック。キャッキャウフフ。お友達ショット。 どれも譲れない。諦めたくない。 だけど、今日のところは潔く引こう。 おそらくこれが、今の永良に出来る最大限の譲歩だ。 ここは大人しく待つのが賢明だろう。 四か月……僕には耐えがたいロスではあるけど。 「分かったよ。その代わり今度は逃げたりしないで、ちゃんと最後まで話を聞いてね」 「ああ」 永良の背中がガラスドアの向こうに消えていく。 一人残された僕は、溜息一つに駅に向かった。 帰りのモノレールは、僕にさっさと帰れと言わんばかりに直ぐに来た。 永良のクラブが遠ざかっていく。 永良と行くはずだったモックも。 『嫌なこと言われなかった?』 『バカ。メッチャ感謝されたわ』 コーチはもう既に、永良が僕のモチベのカギであることに気付いているんだろう。 それで、感謝した。そして、お願いしたんだろうと思う。 これからも、厳巳(いずみ)主人公(ヒーロー)で……ライバルでいてやってくれって。 『俺なんかに頭まで下げて』 あの物言いから察するに、永良は的場コーチのことを尊敬している。 コーチの鑑とか、そんなふうに思っているんだろう。 だけど、僕はそうは思えない。 僕が思うに、コーチの目的もまた『ざまあ』だ。 現役時代の自分に見向きもしなかった協会のお偉方や、かつてのスター選手達を見返したい。 そのために、僕を利用しようとしている。 ……僕の目には、そんなふうに映っていた。 だから、僕には響かないんだ。 あの人が何を言おうとも。 「ふぁ~……」 窓を背に大あくびをする。 うん。やっぱ今日はサボろう。 バックからワイヤレスイヤホンを取り出して、お気に入りのアニソンを再生する。 スマホに表示させたのは、さっき撮ったハムスターな永良だ。 可愛い。薄暗かったけど、バッチリ撮れてるな。 さんきゅー、アップル。 間違って消さないように、お気に入り登録しておこう。 写真の下のハートのボタンを押して、ふふん♪と鼻を鳴らす。 最速を目指すって言ったら、君は何って言うのかな。 きっと喜んでくれるよね、永良。

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