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17.ざまあ回
プールサイドに両膝をついた。
ほっと息をついていると、色白でやたらと垂れた目をした男の顔が迫ってくる。
「厳巳 !! しっかりしろ!!!」
近っ。うるさっ。汚っ。
唾メッチャ飛んでくるんですけど。
「おい、何だそのツラ」
「とても不快なので、離れてもらってもいいですか?」
「~~、テメエ……っ」
ブチギレる――かと思ったら、溜息をついた。
深く、それはもう深く。
「あぁ……っ、くそ……っ」
顔を俯かせて、乱暴に目を擦っている。
まさか……泣いてるの?
僕の頬が強張っていく。
キモいだとか、自分に酔い過ぎだとか、そんなふうに思いっきり蔑んでやりたいのに、どうにも上手くいかない。
おまけに、何だか物凄く居心地が悪い。そのせいで――。
「ジャージ……びしょ濡れですね」
何てしょーもないことを言ってしまう。
もうヤダ。帰りたい。
「誰のせいだ」
「……僕のせい」
「そーだ、このバカ」
今度は乱暴に頭を撫でてきた。
不愉快。なのに拒めない。
遠回しに褒められているような……そんな気がして。
「的場 君、これを」
「すみませんっす、鴫野 さん」
コーチはおじいちゃんトレーナーの鴫野さんからバスタオルを受け取ると、そっと僕の肩にかけた。
ナニソレ。ますます調子が狂う。
早くいつもの調子に、何でもいいから一発怒鳴ってくれないかな。
「立てるか?」
「いえ。立てそうにないので、取材はなしに――」
「問題なさそうだな。行け」
「……サイアク」
コーチに支えられながら立ち上がる。
意外と大丈夫だった。
たぶん、軽い酸欠だったんだろう。
「予定よりも早めに返してやっから、くれぐれも無断で帰ったりするんじゃねえぞ」
「はいはい」
「それと、戻り次第永良 のところに行け。後でお前のスマホに、ヤツの新しい所属先の情報を送っておくから」
「? クラブ、変えたんですか?」
「別の競技に転向したんだ。永良はもう競泳には戻らねえ」
「何それ……」
聞いてない、と言いかけてはっとする。
永良は『じゃ、もう正式に『ざまあ』はいらねえってことでいいな?』と、やたらと念押しをしてきていた。
まさか、あの時にはもう……?
「今年の全日本の頃には、もう既に転向の意思があったのでしょうか?」
「いや。正式に決まったのは、全日本の後……三月の終わりごろだったはずだ」
主人公役をおりたから転向を決めた、と見て間違いなさそうだ。
転向自体は……寂しいけど、まぁ構わない。
問題なのは報告がなかったことだ。
僕は永良の連絡先も知らなければ、進学先の高校も知らない(何度も聞いたけど、『絶交カード』を切られて結局聞き出せなかった)。
永良の幼馴染である我喜屋 君も、高校進学を機に競泳を引退。
今ではもう接点がなくなってしまって、頼ることが出来ない。
コーチの協力がなければ、僕は間違いなく永良の消息を掴めなくなっていただろう。
……いや、違う。これはミスなんかじゃない。狙い通りなのか。
そうやってドロンして、約束をなかったことにした。
僕の親友になる気なんてさらさらなかったんだね。
「こんな『ざまあ』頼んでないんだけど」
「アホ。なに不貞腐れてんだ。永良はお前のために、一年も削って――」
「取材、受けてきます」
コーチの胸にバスタオルを押し付けて、すたすたと歩き出す。
すると「豪 や」と呼び止められる。鴫野さんだ。
僕は素直に従って、すっと振り返る。
「あの子は辛そうな顔をしておったぞ」
「……永良が?」
「うむ。何か訳があるような、そんな気がしたの」
「…………」
「怒るのも結構じゃが、ここは一つ冷静になって、あの子の話に耳を傾けてみてはどうじゃ?」
鴫野さんはそう言って、しわしわの顔を一層しわくちゃにして微笑んだ。
僕のビキビキだった心が、ほろほろになっていく。
ああ、何だか泣きそうだ。
「変わらず、あの子と仲良くなりたいんじゃろ?」
ほろほろになった僕は、素直にこくりと頷いた。
悔しいけど鴫野さんの言う通りだ。
僕はやっぱり永良がいい。
大学生になっても、社会人になっても、ずっとずっと永良といたい。
君の隣はほんとうに……これ以上ないぐらい居心地がいいから。
「ありがとうございます、鴫野さん。永良とちゃんと話してみようと思います」
「ほっほっほ! 何の何の♪」
「……俺には礼もなしかよ」
「むくれるな、むくれるな」
きゃっきゃっするコーチと鴫野さんを背に、取材ブースに向かう。
務めを果たしたら即日本に戻る。
全部、全部ちゃんと聞いてあげる。
だから、ちゃんと話してよね、永良。
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