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18.半熟主人公(ヒーロー)

数多の取材を受け切った僕は、閉会式を待たずに帰国した。 戻って早々に向かったのは、『おばあちゃんの原祝(はらじゅく)』で有名な巣鷺(すざき)。 目的は勿論、永良(ながら)に会うためだ。 Uoouleの案内に従ってスタスタと歩いていく。 流石にここまで来ると人の数もまばらに。 その分、声を掛けてくる人も減ってきた。 空港や主要駅では本当に大変で……。 よく分かるよね、僕が厳巳(いずみ) (ごう)だって。 そんなにバンバン報道されてたのかな。 これからますます生活しにくくなりそうだ。 「あ、ここか」 駅から15分ほど歩いたところで、目的地に辿り着いた。 二階建てで、屋根はうねうねのトタン屋根。入り口付近のベージュ色の壁には、魚のイラストが描かれていた。 手筈通り僕はとある人に電話をかける。 永良の新しいコーチの須階(すがい)さん。全日本のときに、永良に頗る爽やかに手を振っていたあの糸目のゴリマッチョだ。 そう。永良が転向した先、それは――飛込だった。 報告がなかったのも納得だ。 飛込なら会場が同じになることも多い。 次会った時にでも話せばいいやって、思ってたんだろう。 「それにしても、一言ぐらい欲しかったけど――」 『おーう! 厳巳く~ん、待ってたよ♡』 須階さんが電話に出た。 このテンション感……我喜屋(がきや)君に近いものを感じる。 同じノリで振る舞うこと or このノリを許容するよう迫られているような気がして、僕はどうにも苦手だ。 『小汚いところで悪いね~。もう俺とユキしか残ってないから、我が物顔でずんずん入ってきてくださいな』 「……分かりました」 『あ、そうそう。シャワー室通る前に、ワンコールしてくれない?』 「? まぁ、構いませんけど――」 『おしっ! んじゃ、また後でな♡』 ブツっと勢いよく切られた。 僕は小さく溜息をついて、スマホをポケットにしまう。 「……ユキか」 永良(ながら) 悟行(さとゆき)だから『ユキ』なんだろう。 もやっとする。僕も永良のことをニックネームで呼びたい。 でも、あの人と被るのは嫌だ。 「サト? ガラガラ?」 永良の名前をあーでもない、こーでもないと弄り倒しながら、薄暗いクラブの中を歩いていく。 ガラス張りのギャラリーからプールを眺めることが出来た。 メインプールの明かりは落とされて、飛込台があるダイビングプールの方にだけ明かりが灯っている。 「……永良」 ショートスパッツ丈(太腿に少しかかるぐらいの長さ)の短い水着姿になった彼が、糸目ゴリマッチョこと須階さんから指導を受けている。 背中しか見えないから、表情は分からない。 それでも、何度となく頷くその姿から、とても熱心に練習に取り組んでいるのだということは分かった。 「ホントに、そっちに行っちゃったんだね」 寂しさと焦燥が綯交(ないま)ぜになっていく。 永良との間に大きな隔たりが出来てしまったような、そんな気がして。 早く何か作らないと。君を繋ぎ止める繋がりを。だけど――。 『あの子は辛そうな顔をしておったぞ』 鴫野(しぎの)さんはそう話していた。 十中八九、その辛さの原因を解消しない限り、どんな繋がりを作ったところで永良は僕と距離を置き続ける。 根本的な解決には至らないだろう。 永良は一体、何に悩んでいるんだろうな。やっぱり――。 「どうしても、自分のモットーを曲げられない。オタクでいさせてほしい……とかかな?」 だとしたら、かなり厄介だ。 良い落としどころを見つけられるといいんだけど。 ギャラリーから離れて更に奥に進む。 靴箱のところでサンダルに履き替えて、プールへと続く扉の前に立った。 「……? ああ、これ引き戸か」 自動ドアかと思って、謎に待機してしまった。 見慣れないアルミ枠の扉を恐る恐るそーっと押し開けつつ、手筈通りワン切りにする。 「だぁああ~~!! もういいっすか!?」 「あーー、今度こそOK!! 行け!! バッチリ決めろよ☆」 あ、なるほど。そういう。 僕はそそくさとシャワー室を抜けて、ダイビングプールを覗く。すると――。 「わっ……」 永良が5メートルの高さから、後ろ向きの状態で跳ね上がった。 踏切の音も、重力さえも置き去りにしてふわりと舞う。 翼だ。永良の背中に翼が見える。 永良は腕を高く突き上げたまま横に一回転。 真っ逆さまの状態から一回、二回と物凄い速さで前宙返りをして――ドボンッとけたたましい音を立てて入水……いや、落下した。 僕はその音を聞いて、慌てて息を吸う。 やば。完全に見惚れてた。 自覚して少しばかり照れ臭くなる。一方で物凄く誇らしくもあって。 「やっぱり君は、主人公(ヒーロー)だったんだね」 「ああ、アイツは間違いなく主人公だ」 須階さんだ。 プールに深く沈んだ永良に目を向けたまま、独り言のように続ける。 「脚力、空中感覚(エアセンス)、柔軟性、回転力(トルク)、どれをとっても申し分ない。アイツは間違いなく世界一になれる。日本人初の、な」 「ゲホッ! ガッ……痛~~~~っ!!!」 須階さんの期待とは裏腹に、永良はプールのど真ん中で無様に悶絶している。 入水に失敗して、全身を強く打ってしまったんだろう。 ポテンシャルは十分。けど、まだまだ先は長そうだな。 「ってなわけだから、競泳に引き戻すのは勘弁してくれな」 そう言って須階さんは、苦笑混じりにバスタオルを差し出してきた。 永良にかけてやれってことなんだろう。 「少し外してもらえますか?」 「いいぜ。終わったら声かけてくれ」 僕はタオルを受け取ると、プールサイドにリュックを置いて永良のもとに向かう。 「ゲホッ……ゲホッ……オ゛エッ!!!」 今度は咽返ってる。ほんと落ち着きのない子だな。 僕はやれやれと首を左右に振りつつ、彼の名前を呼ぶ。

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