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第1話 春だしダイエットを始めよう
この世は愛でできている。
大切な人への愛。推しへの愛。地元への愛。会社への愛。
僕の場合は、美味しいものへの愛が特に強い。
疲れた体を癒してくれるスイーツ。ボリュームたっぷりのステーキ。マヨネーズがいっぱいかかったたこ焼きも最高だね。
僕の体は美味しいものでできている。
だから、僕の体重は美味しいものへの愛が生み出した結果なのだ。
でもさあ。
この数値はさすがに、愛が重すぎじゃね?
「田鶴 。また太ったでしょ」
美羽 姉ちゃんが風呂上がりのビールをキメながら、僕の全身を眺め、ニヤニヤ笑いを浮かべた。
「べ、別に。平常運転だよ」
「あんたもさー。恋愛適齢期なんだから、ダイエット頑張りなよ。24歳でその腹してたら、30代になった時どうなっちゃうの」
「うぅっ。美羽姉ちゃんは太らないからいいよね……」
「まあね。私はベータで、あんたはオメガだからそういうのも関係あるのかも」
僕、藍沢田鶴はオメガである。バース性が判明したのは14歳の時だ。
昔はヒートは七日間続くとされていたけれども、最近は抑制剤の効能が上がって、一日、二日だけ我慢すればなんとかなるオメガが増えてきた。なので、医者や弁護士といった社会的にハイクラスかつ激務の仕事に就くオメガもいる。
僕は動物が好きなので、ペット用品メーカーに就職した。
動物好きに悪い人はいないというのは本当で、同僚も上司もみんな優しい。僕がミスすればすぐにカバーしてくれるし、会議では前向きな意見が飛び交う。社長もフレンドリーで、社内の風通しはとてもいい。
推し漫画家のアルバトロス茜先生も健筆を振るっている。ネットを開けば小説投稿サイトもある。僕は日々、大好きな甘々BLをたくさん摂取している。
実家暮らしだから貯金もできる。家族とも仲がいい。
そう。
僕のストレスはほぼゼロなのだ。睡眠もたっぷりとっている。
だから、ストレッサーを排除してドカ食いを抑えるというダイエットは効果がない。体を動かすしかないのだ。
でも僕は学生時代、漬物石とあだ名されたほど、運動が嫌いである。ドッジボールではボールに当たる前から転んだし、サッカーではゴールポストに激突してしまった。野球はグローブをはめた瞬間に、手が窮屈で無理ってなった。
「はーい。悩める田鶴くんのために、お姉様がジムの会員権と月会費をプレゼントしてあげまーす。さっきオンラインで申し込んであげたから」
「えぇーっ!? もったいないよ。僕、通わないよ?」
「別に運動しなくったっていいじゃない。あんたの好きな甘々BLの登場人物になりそうなイケメンを観察してきたら」
「それは……楽しそうだね」
「お風呂はジャグジーがあるし。気分転換にいいんじゃない?」
「美羽お姉様……! この前はまつ毛盛りすぎって言っちゃってごめんなさい!」
「ふん。私の偉大さが分かればそれでいいわ」
僕たちが盛り上がっていると、父さんが「んあー? なんの話だ」とお尻をボリボリ掻きながらリビングにやって来た。
「あら。野球観てたんじゃなかったの?」
「大量失点して負けてるからテレビ消した」
「まだ二回表の時間帯でしょ。ジャッカルズ、本当に弱いな……」
「月見ヶ原、今日も炎上したよ。ドラ1とはいえ、あいつに3億も払ってるフロントはアホウドリだな」
僕が住んでいる恋瀬市 は、地方都市ながら野球球団がある。地元球団のジャッカルズ、もっと強いといいんだけどね。ドラフト会議ではヒキが弱いし、野手も投手も世代交代がうまくいってない。
まだ4月だけどペナントレースは前途多難だ。
ジャッカルズの調子が悪い時、父さんはご機嫌斜めになる。
父さんの怒りの矛先は身近な存在、すなわち僕へと向けられる。
「田鶴。見合いの話、どうなった」
「えぇと。その……写真とイメージが違いますねって言われて、開始から約20分でデートが終わった」
「メシ食って解散しただけか。実りがねぇなあ」
「お父さん。私の責任よ。田鶴。写真変えましょ。角度を研究してベストショットを撮るの」
「……僕、ジムに通ってダイエットしてみる」
「やっとその気になったの?」
春って何か始めたくなるよね。
僕は昨日と同じ今日が続けばいいやっていう考えの保守的な人間だけど、さすがにあの数値は見過ごせない。それに、お見合いに失敗ばかりして家族に心配をかけているのも嫌だ。
もしも僕がもうちょっと痩せて彼氏をゲットしたら、バタフライ効果でジャッカルズが優勝するかもしれない。
「じゃあ、早速行ってらっしゃーい」
「えぇっ? そのジムってどこにあるの」
「マルシゲスーパーの隣」
「徒歩5分じゃないか」
僕はトレーナーにジャージという今の格好のままジムに行くことにした。
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