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第6話

 ギシュクはじっと俺を見つめていた。それはもう、穴が開きそうなくらいに。みんな俺を見ていたけれど、第四皇子の視線はどぎまぎするくらいに熱かった。 「サイ・ギシュクでございます。龍神様、どうぞ私めをお使いください」  うん?  お使いください――って、なんだ?  やっと皇族が終わったと思ったら、次は大臣たちだった。総理大臣みたいな立場なのが丞相で、司徒は文科省や農水省の大臣を合わせた感じ、司空は検察系、そのほかさまざまな役割の政治家たち。いちいち訊くのも面倒になって、途中から俺はただ頷いているだけになった。  最後に将軍たち。指揮する軍隊の規模が大きい順に、大都督、都督、大将軍、左右の大司馬。大将軍は特に歴戦の猛者らしく、頬に大きな傷のある顎ひげの男だった。服の上からでもわかるその筋肉には、不覚にもちょっとときめいてしまった。  それにしても、いったい何人と挨拶しなきゃいけないんだ。  不思議だったのは、大臣たちや将軍たち全員が年頃の娘や息子を連れていたこと。みんなめいっぱい着飾っていて、かつ、美男美女ばかりだ。  俺が一瞬ときめいた大将軍も息子を連れていた。お父さんの方はギ・ゲンリョウと名乗り、息子の方はギ・シコウと名乗った。 「お会いできて光栄に存じます、龍神様」  シコウは俺に流し目をくれた。大将軍の息子といっても、俺より年上だ。三十歳くらい。父親の方は五十歳前後。  列は長く続いた。すべての人が挨拶を終え、広間を出ていったのは、二時間は経っただろう頃だった。 「終わった?」 「はい。本日のところは」  俺はげんなりする。本日のところは――って、まさか明日もあるんじゃないだろうな。  ショウレンがお茶を持ってきた。  やっとひと息つく。ついでに、気になっていたことをエイメイに訊いてみる。 「帝が子ども多い理由って、やっぱり側室とかいるから?」 「そうです」 「それなら、今日来た太子とか、皇子とか、皇女とかは、何人か母親が違ったり……?」 「嘉ではごく普通のことです」  これも「高貴な人には当然のこと」なのかな。  エイメイは話題を変えた。 「本日の会合はいかがでしたか? どなたかお気に召した方はいらっしゃいましたか」 「お気に召すって、なんのこと? 挨拶しただけじゃないの?」 「よくご覧くださいと申し上げたはずですが」 「一応は見たけど、まだ顔と名前が一致しないよ。一回会っただけなのに、気に入ったかとか訊かれても」  エイメイは低く唸った。俺の答えが不満のようだ。 「わかりました。では、また日を改めましょう。今度はもう少し絞ってみましょう」 「何を? 会う相手?」 「そうです。もしご希望がなければ、私の方でお選びします」 「だから、それなんの話なの? 絞るとか選ぶとか何? なんで今後も会わなきゃいけないの?」  深いため息が聞こえた。 「龍神様はお力を取り戻す方法も覚えていらっしゃらないのですね」  言われてみれば、昨日のエイメイの言葉。  ――明日よりお力を取り戻すための予定を組みます。  肌がちりちりする。嫌な予感、再び。 「伝承によれば、龍神様のお力の源は交合の気です。すなわち、人との交わり、夜伽によって、お力を取り戻すのです」  それを聞いた俺の口は、大きく開いていたに違いない。  夜伽……夜伽って、あんまり聞かない単語だけど、この文脈で言われたらさすがにわかるよ。  背中がぞわぞわする。 「それって、力を取り戻すためには誰かといやらしいことしなきゃいけない、って言ってる?」  言い回しが気に食わなかったらしい。エイメイの目が据わった。でも、ちゃんと答えた。 「そうです」 「やだよ! ヤりたくもないのにヤれないよ!」 「なぜです? お相手は龍神様のご希望に添うようご用意いたします。本日お会いした方々がお気に召さぬのならば、ほかの候補を探します」 「そうじゃないよ」  彼はわかっていない。これはデリケートな問題だ。いくら希望に添うようにって言ったって、自分の性的な話をオープンにするのは嫌だ。 「その相手だってどうなんだよ。もし選ばれたら納得するの?」 「納得します。当然です」  なんでだ。まるでわからない。 「俺のこと好きじゃなくても、納得するの?」 「むしろ誰もがあなたに選ばれることを望むでしょう」  そんなわけあるか。  でも、ちらっと思い出した。第四皇子ギシュクの言葉を。  ――どうぞ私めをお使いください。  今日祠廟に来たみんながそう望んでいるっていうんだろうか。だけど、どう考えたってエイメイは嫌がりそうじゃない? それで「誰もが」なんてどの口が言うんだ。 「とにかく無理。俺は嫌」 「龍神様。お忘れかと存じますが、これは国のためです。龍神様に雨を降らせていただかなければ、嘉の民は遠からず飢えに苦しむこととなるでしょう。我々は危機に瀕しているのです」 「だからって、俺に誰かと寝ろってのは変だよ」 「変ではありません。あなたは龍神です。龍神は人との交わりから力を得ると伝承に……」 「ああ、もう! 伝承伝承って、そればっか! 俺は嫌だって言ってんの!」 「河伯様。落ち着いてください」  ショウレンがはらはらしている。でも、いまはこの子に構っている余裕はない。 「可能な限りお望みの者をご用意いたします。断る者などおりません」  エイメイは引き下がるつもりはないらしい。こっちだってそう。 「俺の望みは『放っといてくれ』だよ。今日はこれ以上あんたと話したくない。もう部屋に戻るから、絶対追いかけてこないで」 「龍神様」  ふん。  俺は肩を怒らせて廊下に出た。祠廟の使用人はそんな俺を見て道を空ける。それがいまは逆に腹立たしい。  雨を降らせるために誰かと寝ろって? そんなの、政略結婚よりもっとひどい。生贄同然じゃないか。最悪なのは、ここでは俺は生贄を捧げられる側だってこと。  エイメイの奴、なんでもないことみたいに言いやがって。  俺は部屋に戻った。一応、いまのところ、エイメイは追いかけてはこない。絶対に入ってこられないように、バリケードでも築いてやろうか。  だけど、この服はひとりでは脱げないんだった。 「あのう、河伯様。お召し替えを……」  ショウレンだった。俺が怒っていると思って、びくびくしている。 「エイメイは?」 「太子様のもとへいらしたものかと」  それならいい。俺はショウレンを部屋に入れる。 「お召し替えをして、お化粧を落としましょう。きっとお疲れなんですよ。ゆっくりくつろげばご気分もよくなります。そうだ、湯浴みはいかがですか?」  この子は一所懸命俺の機嫌を取ろうとしている。  怒っているのもおとなげない気がしてきた。ともかく、ショウレンのせいじゃない。 「うん。お願い」 「すぐご用意いたしますね」  ショウレンが衣装を脱がせてくれている間に風呂の準備が整った。俺は下着姿で廊下に出る。  下着――といっても、パンツとかじゃない。肌着を一枚羽織って紐帯を締めただけの恰好、って意味だ。嘉ではそれが下着。ちなみにパンツは……ない。  風呂に入って、寝間着を着て、ベッドに横になる。 「疲れた」 「少しお眠りになってはいかがでしょう? 誰も近寄らせないようにいたしますので。窓も閉めておきますね」 「そうして。メシの時間まで起こさないで」 「かしこまりました」  もう考えるのも嫌だった。俺は瞼を閉じて、深く深く息を吐いた。

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