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第5話
「エイメイはだめって言うの?」
「いえ、そういうわけでは。ですが、僕は使用人ですので」
「それとこれとは話が別じゃない? ろくに食べてない子にお世話されるの俺も嫌だよ。エイメイには後で言っておくね。いつ来るの?」
「お食事が終わる頃にはいらっしゃいます」
三十分後くらいって意味かな。もうちょっとかな。時計がないから、正確な時間は計れない。
食べ終えて、食後のお茶を飲んでいる時に、エイメイが来た。
「おはようございます、龍神様。早速ですが、本日のご予定をお話しいたします」
「早いよ。先にショウレンにごはん食べさせてあげて」
「なぜですか?」
「まだ十三だよ。それで働いてるだけでも偉いのに、朝食も食べないで仕事するのきつすぎ。次からはショウレンにはごはん食べてから仕事させるようにして」
ショウレンが慌ててとりなす。
「僕はいいんですよ。慣れていますから」
「俺が嫌なの。自分よりずーっと年下の子がお腹空かせて動き回ってるの精神衛生上よろしくないの」
エイメイは片方の眉を上げた。
「さようでございましたか。承知いたしました。龍神様がお望みならば、そのようにいたしましょう」
彼はショウレンに頷いてみせる。
ショウレンは「いいのかなあ」って顔をしながらも、エイメイと俺に一礼して出ていった。
俺とエイメイ、ふたりきりになる。
「では、本日のご予定についてご説明いたします。本日は祠廟を多くの方が訪れます。帝をはじめ皇族の方々、諸王、丞相、司徒、司空、大都督、都督、大将軍、大司馬……」
「ちょっ、ちょっと待って。何それ? 帝と皇族はわかるけど、あとは何?」
「諸王は皇族の血を引く方のうち領土をお持ちで王に封ぜられた方々をそう呼びます。丞相は官吏の最高位、帝の右腕ともいうべき役職です。司徒は……」
「つまり、国の偉い人たちと会えってこと?」
「ひらたく言えば、そうなります」
冗談じゃない。
「会ってもどうしていいかわかんないよ。俺はここの礼儀作法も知らないし、敬語だってそんなに上手くない。国の偉い人たちに失礼があったらまずいでしょ。やめてよ」
「たとえ相手が帝であろうとも、龍神様が敬意を払われる側です。礼儀作法がなっていなくとも許されます」
「ええー……。嘘でしょ? 怒られたりしない?」
「しません」
エイメイは冗談を言うタイプじゃないと思う。その彼が言うんだから、本当なんだろう。
「じゃあ、会うけど……。帝にはどういう態度で臨むべき? 上司に対するくらいでいい?」
「ここでは龍神様が最上位です」
「そんなこと言うと、この感じそのままでいくけどいいの?」
「構いません」
不安。
「この後再度お召し替えいただきます。帝にお会いするのですから、装いもふさわしいものをご用意いたしました」
「やっぱり形式があるんじゃないか!」
「龍神様には客人より美しく威厳のあるお姿でいていただかなければなりませんので」
帝より派手にしろって? 嘘でしょ?
「一度お部屋にお下がりください。衣装はショウレンに運ばせます」
そして着替えの段になり。
用意された新しい服は、薄緑の生地に金と銀の糸で刺繍が施され、光沢のある深い青で縁取りされた豪華なものだった。
「さっき着替えたのに、また着替えるってどういうこと」
文句をつける俺に、ショウレンは笑う。
「仕方がありませんよ。この衣装でお食事をなさるのは大変ですから」
確かに。汚さないようにって、ものすごく気が張りそう。
ショウレンとほかふたりの少年が俺を着替えさせた。この服は紐も帯も床につかないよう持ちながら着替えなきゃいけないんだそうだ。だから手伝いも分担した方がいい。ショウレンの指示でふたりが動き、着替え自体はスムーズに終わった。
次は化粧だった。白粉を肌に乗せて、紅を引く。なんで化粧までって一応抗議したけど、必要だからで押しきられた。
最後に髪の毛。丁寧に櫛で梳いてから、緑色の石のついた飾りを頭に乗せて留める。
「翡翠です。河伯様の御髪によくお似合いだろうと、エイメイ様がお選びになりました」
この衣装もたぶんそうなんだろう。豪華、かつ清楚。いかにも高貴。
出来上がりを鏡で確認する。化粧のせいで目が大きく、やや吊り上がって見えた。唇も赤く潤っている。いつもより数段美人になったことは間違いない。
「化粧ってすごいな」
「元がいいからですよ」
ショウレンはぬかりなく俺を褒める。
部屋を出る。廊下を行った先でエイメイが待っていた。
彼は俺を見て目を瞠った。けれど、それも一瞬。すぐにいつもどおり冷徹な表情に戻った。
「よくお似合いです」
それは本心? それともお世辞?
広間に通された。正面に三段ほどの階段がある。その上に立派な椅子が置かれていた。玉座みたいだ。
「龍神様はこちらへ。間もなくみなさまいらっしゃいます」
「緊張する」
「ご心配には及びません。ただお座りになって、時折ひとことふたことお言葉をかけていただければそれでよろしゅうございます。あとは、いらっしゃる方々をよくよくご覧ください」
なんでだろう。顔を覚えろってことかな。
俺は椅子に座り、エイメイは傍に立った。ショウレンはここでは同席しないらしく、扉を開けて固定すると姿を消した。
広間に続く廊下がよく見える。
遠くから誰か歩いてくるのが見えた。祠廟の使用人のようだ。その後ろを見知らぬ男たち、女たちと、たくさんの人がぞろぞろと続いている。
「嘉の帝です」
エイメイが言った。
帝は五十代から六十代と思しき男性だった。隣にいる同じくらいの年頃の女性は后だろう。ふたりは俺の前に進んで、揃って膝を折った。
「お会いできて嬉しゅうございます、龍神様。どうか我が国に恵みをもたらしたもうことを」
帝が言った。后は傍で頭を垂れている。
俺の立場って、こういう感じなのか。反応に困る。エイメイを見上げると、彼は囁いた。
「お言葉を」
どんな?
「ええと……。苦しゅうない……?」
合っているんだろうか。ドラマとかで聞いたことある台詞だけど。
次に進み出てきたのは、エイメイが仕えているという太子だった。
「顕現をお慶び申し上げます。どうぞ我が国にお恵みを」
太子の后、その子どもたち。太子と后は三十過ぎ、子どもたちは小学生から幼児ってところ。ちっちゃいのにきれいな服を着て、神妙にしていた。
太子の弟に当たる第二、第三皇子、第一皇女、第二皇女が挨拶した。エイメイは誰かが進み出るたびに俺に耳打ちして、それが誰かを教えてくれた。
俺にもわかる。俺に挨拶する順番が、そのまま権力順なんだろう。嘉のトップは帝。その下にいるのが太子で、帝の後継者。それから皇子ふたり、皇女ふたり。その下にどうやらもうひとりいるみたいだ。
俺はたまらず、ついエイメイの服の袖を引っ張ってしまった。
「ねえ、帝って六人も子どもいるの?」
エイメイが盛大に顔をしかめる。
「のちほどご説明いたしますので、いまはおやめください」
「でもさあ」
「とにかく、いまはひとまずご挨拶を」
目の前でひそひそ話すのは感じ悪いか。仕方ない。
最後の皇族が進み出た。
「第四皇子、ギシュク様です」
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