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第4話
そんなことを言われても、俺だって困る。自分が龍神かもしれない、ってところまではわかった。角があるんじゃ「違う」なんて言い張れない。でも、雨を降らせる方法なんて想像を大きく超えている。
「我々がお手伝いいたします。ですから、龍神様もお力をお貸しください」
「無理だよ。無理だってば」
しかし、エイメイはまったく退く気配がない。
「明日よりお力を取り戻すための予定を組みます。龍神様には私に従っていただきますので」
「ええー……」
龍神ってすごく重要な存在で、王様みたいに大事にされるのかと思ったら、全然違うんだ。
一日の予定も、外出も、決めるのは全部世話役のエイメイ?
俺に自由はないらしい。
第二章 権力者の訪い
「おはようございます、河伯様!」
朝から元気よく、扉を開ける少年。
ショウレンだ。
俺は箱ベッドの中でもぞもぞと布団をかぶる。
起きたくない。
「河伯様? どうなさいました? 朝ですよ!」
ショウレンは俺のすぐ傍まで来て声を張り上げている。
朝だからってなんで起こしにくるんだ。俺はもっと寝ていたい。
いま、何時だ。
俺はスマートフォンを探した。が、探している最中で思い出した。
スマートフォンはない。この世界にはまだ存在していない。もしかしたら未来永劫存在しないかもしれない。
まあ、でも、その方がいいのかもね。のんびり生きられそうだし。
「早いよ。まだ寝てていいでしょ?」
「朝餉ができています。今日は皇族の方々ともお会いするんですから、起きていただかなくては困るんです」
聞いてないよ、そんなの。明日にしてよ。
「お身体の具合でも悪いんですか? でしたらすぐにエイメイ様をお呼びしますけど」
「えっ、待って、起き抜けにそれはやめて」
「それなら起きてください! お茶もお淹れしますから」
俺は仕方なく身体を起こした。せっかくゆっくり寝られるようになったのに、朝早くから起こされるなんてひどい。
「もう……。眠いのにさあ」
「まる二日眠ってらしたんですよ? これ以上寝ていてどうするんです」
ショウレンが窓を開ける。太陽の光が眩しい。すごくいい天気だ。
嘉の季節は、夏だ。日本は、ええと……冬だったっけ?
「お顔を拭いて、お召し替えください。お手伝いしますから」
着替えを手伝われるのは変な気分だけど、ここでは身分の高い人はそれが普通だそうだ。その上俺は「嘉服」と呼ぶらしいこの服の着方もよくわからない。「昔の中国の服っぽい?」ってエイメイに言ったら、例の「こいつは何を言っているんだ」って顔をされたのでもう言わない。
エイメイは昨日、予定を整えるためとか言って出ていったきり戻ってこなかった。夕方になり、俺は食事をとって、入浴をして、着替えをして、寝た。
意外にも嘉には湯船に浸かるタイプの風呂があった。だけど、手伝いの人が入ってきたのには辟易した。素っ裸の俺はびっくりして叫んでしまったが、これもショウレンに言わせると「身分の高い人には普通のこと」だそうだ。しかし俺は断固拒否。ひとりで入ることに成功した。ただし、上がると身体を拭く係の人がいて、そこでもまた揉めた。最終的には風呂と湯上がりの手伝いはなし、着替えはショウレンだけが立ち会うってことでなんとか合意を得た。
こんなにたくさんの人に囲まれて生活するなんて、この国の貴族はよく耐えられると思う。
エイメイは自宅が別にあるみたいだけど、ショウレンはここに住み込みで働くらしい。
ショウレンは手際よく俺を着付けしていく。きびきび動く手が魔法みたいだ。
「エイメイにもこういうお世話するの?」
訊いてみたら、ショウレンは笑った。
「エイメイ様はお忙しいことが多いですし、ゆっくりお着替えなさるお時間はあまりないですね」
「風呂は?」
「それもお手伝いしたのは数度だけです。ひとりで入りたいとおっしゃって。河伯様と同じですね」
そういうところで気が合っても、別に嬉しくはない。
「あいつとはずっと前から一緒なの?」
「あいつだなんて。河伯様、エイメイ様はお優しい方ですよ。そんな呼び方やめてください」
「だって、俺には世話役だとか言って命令してくるんだよ? 横暴じゃない?」
「命令なんてしてませんよ」
そうかなあ。「私に従ってもらう」とかなんとかはっきり言ったし、あれを断って無事で済むとは到底思えないんだけど。
ショウレンが小さく笑った。
「僕は十歳からエイメイ様にお仕えしています」
「そんな子どもの頃から?」
「僕の育った村では、子どももみんな働くんですよ」
「ショウレンはいまいくつ?」
「十三になりました」
まだ子どもだ。
「十三なんて、そんな歳なのに文句も言わずに働いてて偉いね」
「文句を言ったってよくなるわけでもありませんし、僕は恵まれています。エイメイ様がよくしてくださいますから」
昨日のめちゃくちゃ早口で褒めていた様子から見ても、ショウレンはエイメイをすごく尊敬しているようだ。どこか羨ましい。そのくらい大事に思える相手がいるとか。
「俺はちょっと、エイメイは苦手かな。悪い人ではないんだろうけど。あっちも俺をばかだと思ってそうだし」
「そんなことありませんよ。エイメイ様は河伯様をばかにしたりなんて絶対になさいません」
「そう? 昨日何回か『こいつばかだな』って顔してたよ」
「気のせいですって」
俺は肩を落とした。
「今日からはエイメイが決めた予定で動くんだよね。ものすごく詰まってそうな気がするのは俺だけ?」
ショウレンが苦笑する。
「それは……、否定できないかもしれません」
「だろ? 俺はゆっくり過ごしたいのにさあ。せっかく社畜生活から逃れられたと思ったのに、ここでもこき使われるんじゃわりに合わないよ」
「そんなことありませんってば。次は御髪を整えますね。こちらにお座りください」
鏡台だ。俺を座らせて、ショウレンは櫛を手に取った。
「龍神様の御髪はとってもきれいですね。もう少し長くないと結えませんけど」
「これでも俺には長いよ」
身支度が済むと、次は朝食だ。ショウレンの案内で食堂に移動する。俺はひとりで動いてはいけないらしい。嘉の習慣で、高貴な人は常にお供を連れるべきなんだって。
自分が高貴な人とは、まったく思わないけれど。
とはいえ、ショウレンはよく働くいい子みたいだから、近くであれこれしてくれるのは助かる。知らない土地でひとりきりだとしんどい。気楽に話せる相手は必要だ。
「なんでこんなことになっちゃったんだろ」
「何がですか?」
「いまの状況全部。目が覚めたらぜんぜん知らない国にいて、外見も違うし名前も思い出せないなんて、そんなことある?」
ショウレンはしたり顔で頷いた。
「河伯様は別の国で生きてらしたんですよね。伝承の通りです。『我らの土地に危急なき時、龍神は異国の土に降り立つ。その足は傷つき、血を流そうとも』」
「どういう意味?」
「偉い学者様の解釈によれば、嘉が平穏な時代には龍神様は別の国や別の世にお生まれになるそうです。そこで人の世について深く学び、修行をなさるのだとか。そののち嘉に顕現なさったという記録がいくつも残っています」
ショウレンは笑顔を咲かせた。
「河伯様は嘉に戻っていらしたんですよ。お帰りなさい」
確かに、俺の状況を表す説明としてはよくできている。
「それなら、名前が思い出せないのは、もう必要ないから……なのかな」
朝食は雑穀米とスープとおかずが二品出た。昨日のエイメイは国中が大変みたいな言い方をしていたけれど、少なくとも俺の食事はしっかり出る。
「ショウレンはごはん食べた?」
「後でいただきます。エイメイ様がいらしたら時間ができますので」
起き抜けじゃないにしろ、あいつは結局来るらしい。
「育ちざかりなんだから、先に食べていいのに」
「河伯様より先にいただくなんてとんでもない」
嘉の習慣って面倒だなあ。
「ショウレンは仕事もしなきゃいけないんだし、身体が資本だろ。だったら、朝食は仕事より先にとる。これ常識」
「でも、それは……。エイメイ様のお許しがなければ、なんとも」
ショウレンが目を泳がせている。
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