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ナルキスとイトロス

 ナルキスとクラトラストが声変わりをし、身長が伸び始めた歳。二人は貴族の義務である王立学院に通っていた。多くの生徒と関わり合いを持つこととなるが、未だにクラトラストとナルキスの御友人関係は変わりない。しかし、学院で過ごす中でクラトラストに新たな御友人、御学友が追加された。そのうちの一人がイトロスである。有名医師の息子であり、彼自身も医療の技術を持つ天才だ。だが、彼と実際に交友関係にあったのはクラトラストではなく、ナルキスの方だった。クラトラストが仕事や他の人間と交流している際には、ナルキスはいつもイトロスといた。イトロスは王子であるクラトラストにも容赦がない。悪口の一つや二つ平気で言う男だった。 「ナルキスはあんな男とよく一緒にいられるな。俺は一言話しただけでもう腹いっぱいだ」  相変わらずの口の悪さ。まるで一国の王子に向けて放つ言葉ではない。しかし、クラトラストに対しての周りの反応は皆イトロスと同様だ。戦闘狂とまで言われるクラトラストに近寄りたい人間は中々いない。例え王子であり、権力があったとしてもだ。新たな御友人・御学友が出来てなお、クラトラストと気軽に話ができるのはナルキスだけであった。皆、クラトラストの横暴さに呆れているのだ。ナルキスは一人笑ってクラトラストを思い浮かべる。   「クラストは剣の才があるから気が合うんだ。それに、父の命もある」 「ふーん……、お前は相変わらず流され体質だな。なんかこう、夢とか希望にあふれる何かはないのか?」 「よく言われる。けど、私にも夢はあるよ。イトロスが聞いたら流石ニガレオス国民だって拍手するくらい大きな夢がね」 「なんだよ、それ。お前国王にでもなるつもりか?」 「国王にはあまり興味はないな。でも、時々考えるよ。今のままでもいいんじゃないかって。私はクラストがいて、イトロスがいる世界が心地良いんだ」 「なんだ結局、ニガレオス国民失格じゃないか」 「私は、クラストとイトロスがいる環境が心地よすぎるんだよ。仕方がない」  ナルキスはイトロスに笑いかける。イトロスはため息を付いて仕方がない奴と独り言た。  そんな会話を教室でしていると、ドタバタと廊下が騒がしくなった。扉を強く押して入ってきた男子生徒が声を荒げた。   「おいっ! クラトラスト様が決闘を挑んだらしいぞ!」  ナルキスとイトロスは互いに目を合わせる。言葉はどちらも発さず、一直線に教室から出ていった。  クラトラストの決闘は、割とよくあることだった。一月前も男子生徒と揉め、決闘を挑み、クラトラストが圧勝していた。今回も同じ展開になることだろうが、御友人としては側にいたいものだ。ナルキスは少し言い訳をしながら、クラトラストが決闘をする場所に行き着いた。既に観衆が集まっている。相手は名も知らぬ男子生徒だ。しかし、やる気はあるらしい。決闘に勝ったら大金でも支払われるのだろう。負ければ学院追放のはずだが。 「あいつ……」 「イトロス? 彼のことを知って?」 「ああ、あいつ、結構問題児だよ。成金坊っちゃんでさ」 「大丈夫だろうか」 「珍しいな、お前がクラトラストを心配するなんて。いつもはどうせクラトラストが勝つって相手をバカにしてんのに」 「ああ、いや、そうじゃなく」 「は?」  イトロスの言葉は観衆の歓声によって打ち消された。どうやら、クラトラストが現れたらしい。剣を片手に笑っている。    決闘開始の合図がなり、剣を抜く男子生徒。大振りでクラトラストに襲いかかる。叩きつけるように剣を振るう男子生徒は余程己の力を過信しているのだろう。受け止めることしかしないクラトラストに対しニヤニヤと笑っている。しかし、クラトラストはそんな男子生徒につまらなそうに言った。 「ふん、この程度か。雑魚だな」 「なっ、なんだと!」  クラトラストは剣を受け止めると、そのまま押し返した。バランスを崩した男子生徒は尻もちをつく。銀色の刃が目の前に迫る。 「ひっ! ま、参った!」  男子生徒の瞳には鋭く尖った剣が映った。頬に小さく擦り傷がついている。足がガクガクと震えている。降参していなければ間違いなく顔面を切り裂かれていた。男子生徒はあまりの恐怖に失禁してしまった。 「うわっ……、ありゃ本気でヤろうとしたな。漏らしちまって、かわいそーに。あれじゃあ、学校に残ってまバカにされるだろうよ。退学もかえってよかったんじゃねぇか」  イトロスは身体中の体液をこれまでかと言うほど垂れ流す男子生徒に同情する。 「なぁ? ナルキスってうわ、知らねぇ間にあんなところに……」  ナルキスは舌打ちをし不機嫌オーラを醸し出すクラトラストの元へ駆け寄っていた。まるで犬のようだ。イトロスがナルキスを追うことはない。あの不機嫌オーラの前に近寄れるのはそれこそナルキスくらいだからだ。自分に被害が及ばないようにイトロスは目を逸らしたのだった。 「クラスト!」 「あ? ナルキスか」 「手を抜いたな、クラスト」 「あんな腰抜けに本気を出すバカはいねぇよ」 「それはまぁ、そうだ」  ひどい言われようだ。  「ああ、くそっ……、腹立つ。ナルキス、後で城まで来い。打ち合いだ」 「そうだろうと思った」  ナルキスはクラトラストとの久しぶりの打ち合いに胸踊らせる。今日はどんな作戦を出そうか。幾万の戦法を思い浮かべながら、腰にかける剣を撫でた。

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