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クラトラストとナルキス

 ナルキスは幼い頃から剣の才に長けていた。貴族とはいえ、そこそこの地位しか持たぬ御家出身のナルキスがクラトラストの友人に認められたのも、全てはナルキスの才故のことだった。 「お父様、私は御友人として立派なお勤めを出来るでしょうか」  これは、クラトラストと出会う直前のナルキスと父との会話だ。ナルキスの父パテルはナルキスをちらりと見ると、ただ前だけを見て言った。 「お前はいつか王の側近となる男だ。剣の才を磨き、学に励めばいずれ立派な騎士となれる」 「はい、お父様」 「お前はただクラトラスト様のお側で騎士として側近として仕えなさい」  ナルキスは父の言葉に再度頷いた。父の言葉は正しい。きっと父が言うのだから、クラトラストに仕えられる立派な人間になれる。一方で、ナルキスは自身が本当に騎士になりたいのか分からずにいた。 「ナルキス、この方がクラトラスト王子だ。九男であらせられる」 「よ、よろしくお願い申し上げます」 「クラトラスト王子、どうぞ愚息を宜しくお願い申し上げます」  クラトラストは興味なさげに頷いた。  それから、ナルキスは事あるごとにクラトラストの元へ連れて行かれた。初めは言葉を交わすことはなかった。クラトラストは無駄なことを一切話さない少年だ。ナルキスのように御友人として紹介された貴族の子供達もクラトラストとまともに話せたことはなかった。しかし、ある日ナルキスとクラトラストの関係が劇的に変わる事件が起きる。  いつも通りナルキスはクラトラストの元へ連れて行かれた。その日は珍しくナルキスとクラトラストの二人だけだった。ナルキスはクラトラストに気遣って話しかけない。クラトラストも同様、ナルキスに興味がなく話しかけることはなかった。静かな時間が過ぎていく。風が通り抜け、瞬きをした時、執事が一人紅茶を運んできた。ナルキスは懐に隠し持っていた短剣を執事に向って投げた。 「な……ぜ……」  倒れていく執事。その光景を見たメイドが駆け寄ってくる。今度はクラトラストがメイドを剣で切り捨てた。 「なぜ、敵だと分かった」  執事の服から無数の剣が見えた。ナルキスは悩むことなく告げた。 「殺気が漏れていました。歩き方も足に何かを仕込んでいる者の特徴に似ております。それに王子の好みを知らぬ執事は、仮に暗殺者ではなくとも不要な人材です」  ナルキスは紅茶の匂いを嗅ぎ取った。それはクラトラストが苦手とする紅茶の香りだった。 「はっ、よくそんなこと覚えてんな」 「私はクラトラスト様の御友人としておりますので」 「おもしれーの。なんだよ御友人って。まぁ、いいか。お前、名前は?」 「ナルキスと申します」 「ナルキスか、覚えててやる。その代わり、この殺し屋を片してからな」  ナルキスとクラトラストの前には剣を構えて大人たちが立ちはだかる。ナルキスは用意していた剣に持ち替え、クラトラストの前に立つ。 「何してんだ」  クラトラストがナルキスの肩をひき、後ろに立たせた。 「クラトラスト様? それではお護りできません」 「護るだ? んなもんいらねーよ。いいか? 御友人とやらになりたいなら、俺の前に立つな。後ろに立て。んで持って、俺の獲物を奪うんじゃねぇ!」  一斉に飛びかかる大人をクラトラストは剣を振り回し切っていく。ナルキスは目を見開き、そして笑った。  ああ、なんだ。私の主人は、強いのだ。なんだ。私の主人はこんかにも格好いいのだ。ああ、負けられない。負けられるものか。追いつきたい。追い越したい。その背中を私が護りたい。    ナルキスは今まで退屈な毎日を過ごしてきた。強制的に剣を持たされ、敵を切る為の鍛錬を行う。強制的にペンを持たされ、王を護る為の知恵を学ぶ。全て興味がなかった。それをするのも、父が望むから。競争心が強く、自我に溢れるニガレオス国民とは比べ物にならないくらい、ナルキスの生への渇望は底辺だった。けれど、ナルキスは出会ってしまった。己の望む王を。ナルキスは知ってしまった。生きる渇望を、全てを薙ぎ払っても側にありたい主人を。ナルキスは今、初めてニガレオス国民となった。    ナルキスは後ろから迫る敵を剣で切った。死ぬ気で襲ってくる大人たちを死ぬ気で斬りつける。今、後ろの背中を護れるのは自分しかいない。その高揚感がナルキスをさらに強くした。  そして、騒ぎを聞きつけ、衛兵がやって来る頃には、二人の子供だけが残り、大人達は血だるまになって倒れていたという。 「ナルキス、意外とやるじゃねーか」  息が少し上がっている。クラトラストは楽しそうに笑って言った。   「いえ、実戦は初めてのことでしたので、無駄な動きをしてしまいました。クラトラスト様の方が私なんかよりも幾分と強い。私はまだまだですね」  ナルキスもまた息を乱しながらも笑って答えた。   「はっ、大人相手に笑いながら戦ってた奴に言われたかねぇよ」 「それはクラトラスト様の方でしょう。私は戦いに対して笑っていたわけではありません」 「じゃあ、なんだよ」 「私が笑っていたのは……、漸く主人に出会えたことへの喜びです」 「なんだよ、主人って」 「私は騎士になりたいと思ったことがありませんでした。けれど、クラトラスト様の騎士ならなりたいと思いました」 「ニガレオス国民失格の流され体質だな」 「流され体質……? ふふっ、そうかもしれません。でも、私は今日始めて、流されてきてよかったと思いました」 「お前……、まぁ、いい。それより、その敬語と様付けやめろよ」 「ですが、身分の差があります」 「お前、騎士の前に御友人なんだろ? 御友人は敬語も様もつけねぇんだよ」 「それは階級が同じ者の場合だけの話です」 「知ったこっちゃねぇよ。俺がいいって言ってんだ。逆らうなよ」  ナルキスは顎に手を当て、悩む素振りをする。父パテルは怒るだろうか。しかし、ここで敬語を貫けばクラトラストの方が怒るだろう。それなら、クラトラストに従ってたほうがまだ実害がなさそうだ。 「分かった」 「ふんっ、それでいい。それより、お前、どこで剣を習ってんだ」 「家の者に」 「どうせ大したことねぇんだろ。俺が見てやるから、次からは鍛錬用の剣を持って来い。いいな」 「はぁ……、はい」  クラトラストは満足気に頷く。ナルキスは戸惑いながらも、クラトラストがいいなら別にいいかと小さく笑った。  その次の日からナルキスが登城する度にクラトラストは剣の稽古に誘った。稽古、とは聞こえはいいが、殆どが剣での殴り合いだった。多くはナルキスの負けで終わったが、ナルキスの突飛な作戦や判断力、剣の振る早さ、そして急所を的確に狙う攻撃はクラトラストを毎度驚かせた。いつからか、ナルキスの登城の日は増え、週に数回会うようになった。ナルキスは自他共に認めるクラトラストの御友人になるまで時間はかからなかった。  そして数年の時が経ち、ナルキスはクラトラストをクラストと呼ぶほどまでその仲は深まっていった。  

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