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第一王子と第二王子
「報告致します。先程、第八王子ゲイジルシア様、第十王子カルロ様がお亡くなりになりました」
クラトラストに報告を行った騎士が頭を下げて部屋を出ていく。ナルキスはまさか第十王子まで死ぬかと驚き、眉を寄せた。
「なぁ、ナルキス。お前、驚くのはカルロだけか?」
突然のクラトラストの問いに目を逸らす。クラトラストは足音を立て、ナルキスに近寄る。そして、ナルキスの首を左手で押し潰した。
「うぐっ!」
「なぁ、勝手に動くなと言ったよな? あ゙?」
「す……ま……なっ」
「お前、俺の命令に逆らったんだ、わかるな? 騎士団から出ていけ、お前の居場所はもう存在しない」
クラトラストは腕を下ろす。咳き込むナルキスにクラトラストは冷めた目で見下ろした。
「クラスト! 第八王子は確かに私が殺した! だが、それはクラストのために!」
「俺のためだぁ? んなことねぇよな? 知ってんだぜ? お前、イトロスを護るためにゲイジルシアを殺したんだろ」
「なっ……」
「分かりやすい嘘つくんじゃねぇよ!」
「確かに、確かにイトロスも狙われていた。だが、第八王子を殺すことはクラストを護るためにもっ」
ナルキスはクラトラストの重い拳を頬に受けた。ナルキスはその場で倒れる。
「クラスト……」
「気持ちわりぃんだよ、お前の感情すべて。何が俺のためだ? 何が護るだ? ただのお前の気持ち悪い感情を押し付けてるだけだろうが。いらねぇよ、お前なんか、消えろ」
消えろ、消えろ、消えろ
「……消えろって」
「何不思議そうにしてんだよ。当たり前だろ。お前はただの従者の一人にしか過ぎねぇんだよ」
「従者って……、そんな……私達は友人だ! 確かに騎士としてお前のそばにいると誓った!でも、それでもずっと側にっ!」
「友人? 笑わせんなよ。お前は昔からただの従者の一人に過ぎない。強ぇから置いてただけで、お前が俺の特別になることなんて今までもこれからもない」
響く声。冷たい視線。泣きたいのに涙が出ない。衝撃が大きい。重たい恋心は全て無に返された。唯一縋っていた友人という名の立場。それすら、存在しなかった。対等な立場などはなから存在しなかった。
「私は……、クラストの何だったんだ?」
絶望が深い。もう何も考えたくない。ナルキスは自室に籠もり、身体を抱き締める。死ぬべきなのかもしれない。そこまで考えた。けれど、自身の剣で首を掻っ切る勇気はなかった。
「落ちぶれた。落ちぶれたな」
何も残っていない。欠片さえ残っていない。あの日、あの時、クラトラストと出会った時、ナルキスは思ったのだ。クラトラストに付いていくと。気高いこの孤高の存在の側にあると。拒まれた。拒まれてしまったらもう何も残らない。残りはしない。
『……本当に?』
「私は二ガレオス国民。気高き二ガレオスの民。目標の為なら手段を選ばず、目的の為なら死さえ恐れない。絶望は糧に、希望は踏み台に、決してあきらめない。諦めてはならない。私は、私の望みは、クラトラストを王に、クラトラスト王の側にあることだ。それ以外は何もいらない」
捨てろ、いらないものは捨ててしまえ。そこに残ったものだけを拾い上げて、そして、歩き出せ。
第一王子と第二王子を殺す。
まずは第二王子だ。
ナルキスは厳重に警備されている第二王子の屋敷に忍び込んだ。警備はとても厳しい。だが、例え王の城とて、その警備には穴がある。クラトラストの屋敷にもそれはある。そして、第二王子の屋敷にもそれは存在していた。執事に変装し、堂々と廊下を歩く。不思議に思う人間はいない。使用人たちもここ数日の王位継承争いで疲弊しており、いつ自分も殺されるかわからない状況下で、周りの人間に気を使えるほどの気力は残っていないようだ。
「ルベリアデール様がお越しのようだけど、ご主人様は大丈夫かしら」
「どうかしら、怖いわ。きっとご主人様のことだから何かお考えがあるのよ」
使用人の言葉にナルキスは眉を寄せた。ルベリアデールとフィレットが会談。もしやクラトラストを共に討とうと言うのか。
ナルキスはひっそりと音を立てないようにルベリアデールとフィレットが会談している部屋に近づく。扉の前には二人の騎士。中にも数名騎士がいるだろう。
紅茶を出すふりをして中に入るか。いや、流石にバレる可能性が高いか。……二人共殺してしまえば関係がない。
ナルキスはちょうど紅茶を淹れてきた男を気絶させ、入れ替わる。ガラガラとワゴンを引き、扉の中に入った。
「兄さんから話があるとは思いませんでした」
「ふふっ、そうだね。僕もこんなにも早く話をしに来る予定ではなかったよ」
二人はまるで仲の良い兄弟かのように笑っている。その異様な空気にナルキスだけではなく、傍に控えていた騎士たちでさえ緊張感を与えた。
「残るは僕とフィレット、クラトラストだけだね」
「十三も兄弟がいたのに、早いものです。十も兄弟が死んだ」
「下の子たちを殺したのはゲイジルシアだったかな。あの子は相変わらず弱いものをいたぶるのが好きみたいだ」
「その彼を殺したのは、クラトラストのところみたいですね。クラトラストが殺したのは、ユナリオとゲイジルシアだけ。案外殺しませんでしたね」
「ネルサダが生きていたら、クラトラストと交戦していたかもしれないけど」
「それは申し訳なかったと思っていますよ。ユナリオの色仕掛けに引っかかるとは思わなかったのです」
訳の分からない会話が続く。ルベリアデールのフィレットは楽しそうにそして、どこか可笑しそうに笑う。
「そういえば私は兄さんに聞きたいことがあったのでした」
「……それは?」
「どうしてカルロを殺したりしたんです?」
「ああ、カルロか。カルロは頭が良すぎるからね。もう必要ないだろうとね」
「カルロさえいれば、クラトラストの処分は簡単でした」
「君だって、ネルサダを殺したろ?」
「ネルサダを殺したのはユナリオですよ。私じゃない」
「操った本人がよく言ったものだね。そうやって言葉巧みに兄弟を殺させていったんだろ? マイレオもオクトレオチドもメイガンテも。彼らを殺したのは、本当にゲイジルシアか?」
「どうでしょう。彼らが勝手に殺り合ったのですよ。私の知ったところではない」
第四王子マイレオ、第五王子オクトレオチド、第七王子メイガンテ。彼らの死もフィレットが関わっていたというのか。ナルキスは持っていたティーカップを揺らした。
「まぁ、彼らが早期退場することは予想していたよ。皆ね」
「ええそうです。そして残るのは兄さんと私だけの筈だった。その為にカルロに毒を頼んでいた。それなのに、もう少しで完成して、無傷でクラトラストを殺せたというのに」
フィレットはルベリアデールを見ようとしない。フィレットは策の邪魔をしたルベリアデールを恨んでいるのか。ナルキスはフィレットの顔色を伺うが、どうも怯えているようにも見えた。
「それで、どうしてこちらに来たのです? 私の屋敷にまでノコノコと来て」
「そうだね……、確かに危うい橋を渡っているのは理解しているよ。でも君は僕を殺さないだろ?」
「どうしてですか?」
「うーん、それを答えるには蝿を叩いてからでいいだろう」
ルベリアデールはナルキスを見て嗤った。ナルキスはティーカップを割り、ガラスの破片でルベリアデールの首を掻っ切ろうと走る。騎士たちが抑えようと動く中で、ナルキスは一直線にルベリアデールの元へ。しかし、ルベリアデールは笑いながら近くにいた騎士の襟を掴み、ナルキスに投げた。ナルキスは騎士を避け、ガラスの破片をルベリアデールに投げた。しかし、フィレットがそれを剣で防ぐ。ナルキスは襲ってくる騎士の剣を奪い、他の騎士たちを切り捨てる。右に左にと身体を動かし、部屋にいた十の騎士すべてを片付けた。
「ははっ、流石クラトラストのところの従者だ。素晴らしい。国で二番目に強いと言われるだけある。だが、君はクラトラストに捨てられたんだろう?」
ビクリと身体が跳ねる。その姿にルベリアデールは大声で笑った。
「素直だね、君は。クラトラストとは大違いだ。それで? 捨てられた君は少しでも主人の役に立とうとフィレットを殺しに来たのかな? 素晴らしい根性だよ。まさか、第一王子と第二王子が楽しく談笑しているとは思わなかっただろうけど。どう? 驚いたかな? 実はね、君がこの屋敷に乗り込んでくるのは想定内だったんだよ」
「……っ」
「君はクラトラストに比べて、本当に動かしやすい人間だね。分かりやすかったよ、とてもね」
「裏で手を引いていたのは第二王子だったはず……」
フィレットは剣を構えるだけでも何も言わない。ルベリアデールはフィレットの頭を撫でて肩に腕を回した。
「そうだよ、フィレットが裏で手を回していた。だけど、フィレットの動きも僕は全て知っていた。知っていて泳がせた。クラトラストが最後まで残ってしまったのは、計算違い、というより行き違いがあったからだけど」
「なぜ……」
「僕的にはネルサダにクラトラストと討ち合って欲しかったんだよ。ほら、兄弟の中で戦闘狂の二人はネルサダとクラトラストだからね。クラトラストがネルサダに勝ったとしても、消耗してたらゲイジルシアあたりが殺してくれるだろうって踏んでたんだよ。まぁ、フィレットが僕の読みと外れた動きをしてしまったんだけど」
「だから謝罪しています」
ナルキスは頭が追いつかない。第一王子と第二王子は仲が良くないはずだ。実際繋がっている様子も今までになかった。この状況は一体何なんだ。なぜ、フィレットは怯えている。
「殺さなければ、王位は渡されない。仲が良いことを装っていてもいずれ崩壊する、せざる終えない。王は全ての兄弟を殺せと命令された。王の命令は例え王が死んだとしても実行される。結局、貴方がたは殺し合いをしなければならない」
「ああ、それは大丈夫だよ。フィレットが僕に歯向かって殺しに来るって話だろう? あり得ないことだ。仮にあり得たとして、フィレットには何の利にならない。いや、語弊があるかな。この僕の横にいる男には利にならないといったほうが良いか」
「何を……」
「かれこれ、二十年は遡るかな。フィレットのいう王の血を引いた弟はね、母親に殺されたんだよ」
「なっ……」
嘘だ。そんなことあり得ない。そんな噂聞いたこともない。だが、ここで嘘をつく理由はなんだ。事実だというのか。それでは、ルベリアデールの前に座り、兄弟殺しを裏で手を引いていた男は一体何者だというのだ。
「これはフィレット。お父様が僕のために用意した駒だ」
「駒……。そんなもの用意して何になる」
「僕が王になるためだよ」
「そんなことがっ」
「お父様は兄弟での殺し合いをさせようとしていたんだよ。でも、お父様も僕が王になることを望んでいた。だから、フィレットを囮にして、僕を安全に王になれるようにしたんだ」
「フィレットが優秀のあまり、ルベリアデールはむしろ王の器ではないと言われていたはずだ」
「僕が手を抜いていたに決まっているだろう。フィレットが優秀で、僕が駄目な兄。この構図のお陰で、お父様が死ぬまで、他の兄弟が王位継承争いに参加出来なくなった。今回の兄弟の殺し合いも誰も僕が裏で糸を引いているとは思わなかっただろう? 実際、君は僕ではなく、フィレットの命を狙った。それが結果だ」
ナルキスは息を必死に整える。ルベリアデールの掌の上で踊らされていた。なんと、間抜けなことか。
「けれど、フィレットももう必要はないね」
ルベリアデールは横で控えていたフィレットの首を切り落とす。どっぷりとした血が床一面に広がる。
「なぜ……」
「僕はね、クラトラストを一番に殺したかったんだよ。彼の力は脅威であった。この国の民は強いものにしか興味がない。国で一番強いクラトラストが王に掲げられてもおなしくはないんだ。でも、フィレットは肝心のクラトラストを殺す為の策を台無しにした。フィレットはね、裏切ったんだよ。自分が王になりたかったのか知らないけど、裏切りはね許さない。まぁ、それでもここまで生かしてあげたのは彼がこれからどう動くか見ておこうと思ったからだけど。普及点ってとこかな。やばいと思ったのか軌道修正させようとしていたけど、結局、カルロに僕を殺すための毒も作らせてた。もう、これは殺すしか他ないよね」
「フィレットを殺すのは、クラストを殺してからでも良かったのでは? その方が確実だった」
「いや? クラトラストは君を捕まえた時点で敗北している」
「私にそんな価値はない」
「あるさ、君もましてやクラトラスト自身も気付いていないようだけど」
ルベリアデールが指を鳴らす。 すると、扉から多くの騎士が入ってきた。
「ここは、フィレットの屋敷だ」
「だから言っただろう? フィレットは僕の駒だって。屋敷の人間、いや、フィレットの持つ騎士もすべて僕の所有物に過ぎないんだよ」
ナルキスは意を決し、剣を強く握った。逃げるという選択肢はない。クラトラストの為にどれだけ兵を減らせるか。最後に出来るのはそれだけだからだ。死は恐れない。生などはなからどうでもいい。ただ、クラトラストの為に生きれない方が余程辛い。あの高貴な方の為ならいくらでも死んでみせよう。
「恐れないか。それなら、死ぬがいい! ナルキス!」
騎士が一斉にナルキスに襲いかかった。ナルキスは剣を振ろうとした時、ピタリと身体を止めた。なぜなら、騎士らが寸でのところでナルキスに背を向けたからだ。ナルキスの目には見知った顔がいくつも映っていた。
「なぜ僕に剣を向けている」
「フィレットの屋敷にわざわざ赴いたのが敗北だったな、ルベリアデール」
「……クラトラスト」
扉の向こうからクラトラストが現れる。隙間から騎士の残骸が転がっているのが見えた。
「僕の騎士もいたはずだ」
「騎士? ああ、とっくに、切り捨てたな」
「クラトラストには劣るが、それでも剣技大会で名を馳せた者が多くいたはずだ」
「はっ、甘ちゃんの騎士に誰が負けるか」
「ああ、そう。そうか、まさか、こんなにも早くここに来るとは思わなかった」
「ナルキスはてめぇの掌の上で踊り狂っただろうよ」
「わざと踊らせたって?」
「さぁ、どうだろうな」
ナルキスはクラトラストを見る。最後に別れた時は酷く怒っていた。消えろとまで言われた。なのになぜ、ここにいる。なぜ、自分はクラトラストに護られている。
「クラスト、なぜここに……」
「ナルキス、俺はてめぇを助けに来たわけじゃねぇ。ただ、ルベリアデールが邪魔だっただけだ」
「そう……か」
「失せろ。俺は弱いやつに興味がない」
たまたま、助けられた。ここにいるのがナルキスでなくとも、クラトラストはここにいて、ルベリアデールと対峙していた。ナルキスとて、分かっている。クラトラストはナルキスの気持ちに気付き、そして拒絶した。友人という立場も存在しなかった。唯一傍にいれる従者という立場も、ルベリアデールの罠に引っ掛かった自分にはないに等しい。
傍にいられない。
離れるしかない。
「そろそろいいかなクラトラスト」
「殺し合いでもするか?」
「君が呑気に話していてくれたおかげで無事僕の兵達が到着したみたいだ。外が騒がしくなったよ」
窓から馬に乗った屈強の戦士たちが映る。クラトラストの騎士たちがそれに見合っている。
「あれが来る前にお前を殺せば関係ねぇなぁ?」
「どうだろう。案外もう来ていたりするかもしれないよ」
その言葉通り、ざっと天井から数名の人が突然現れた。黒い服を着た男達。王が度々使用していた暗部の人間。騎士とはまた違う部類の人間たちだ。
「形勢逆転だ」
「フンッ、ようやく楽しめそうだな」
クラトラストの騎士と暗部の人間は、互いの主が首を振ったことにより、一気に戦闘が始まった。剣と剣がこすり合い、音がなり響く。クラトラストも楽しそうに剣を持ち、ルベリアデールに刃先を向けた。
ルベリアデールは決して一人では戦わない。側近兵と肩を並べながら剣を振っている。力を合わせてともに戦う姿は勇ましいだろう。魔王と勇者。勇者は仲間を引き連れて、魔王は一人で戦い続ける。お伽噺は多勢に無勢を強いられた魔王の負けだ。どんなに強くとも、どんなに不死身でも、数で負けてしまえば仕方がない。クラトラストを護れる騎士はいない。皆目の前の敵で体いっぱい。クラトラストを護れる人間はいない。
ナルキスはもう友人ではいられない。ナルキスはもう心を捨てなければならない。
「クラスト……。クラスト……。私は貴方を愛している。今でも、この先も」
それなら、それでいい。何度捨てられても構わない。
「私は、ナルキス。クラトラスト様の、クラトラスト王の右腕になる男だ」
ナルキスは立ち上がり、剣を振る。そして、クラトラストの目の前にいた騎士の心臓を貫いた。
「ナルキス、てめぇまた邪魔するのか」
「負けそうな貴方を助けただけのこと」
「殺すぞ」
「殺すのであれば、後にしてください」
「馬鹿にしてんのか」
「いえ、けれど、私は決めました。いくら捨てられてもいくら殺されようと私は諦められない。貴方の傍にいると決めたのだ。二ガレオス国の民として、私は貴方を護り続ける。貴方のそばであり続ける」
「チッ、勝手にしろ! ルベリアデールは俺の獲物だ」
「はい、私はその後ろの男を殺します」
その日、フィレットの屋敷は戦場と化した。小さな部屋で行われた王位継承争いの結末は、第一王子ルベリアデール、第二王子フィレットの死亡で幕を閉じた。主を失った騎士達は争いをやめ、そして降参した。
夕日が差し込む中、ナルキスはクラトラストの前で膝をつく。
「クラトラスト様」
「……」
「私は貴方の従者です。私は貴方の手となり足となり、この命を掛けて貴方を護りましょう。そして、私は例え何があっても貴方の傍にい続ける。貴方が私を殺しても、必ず」
「チッ、胸糞わりぃ。着いてこい、帰る」
「はい!」
ナルキスは嬉しそうに頷くと、立ち上がりクラトラストの後ろにつく。もう、ナルキスはクラトラストの横に立つことはない。けれど、ナルキスの表情は晴れ晴れとしていた。
――――――――――
五日後、待望の二ガレオス国王が民の前に姿を現す。その横に控えた騎士は、金髪の美しい男であったが、終始国王の一歩後ろに控え、反対運動を行う反逆者を容赦なく切り捨てたという。
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