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父と息子
「それで、今後はどうするつもりだ?」
イトロスの言葉にナルキスは一つ頷いた。
「知っての通り、クラトラスト様はまだ回復されていない。王に戻るつもりも……今はないだろう。だが、あの方がまた歩み出せるように私はしたい」
「ああ、そうだな。幸いなことに、貴族がアデルポルの就任をまだ認めていない。クラトラストの死体が上がっていないことも大きいだろうが、アデルポルが王になれば今まで上に立っていた貴族たちも首を飛ばされかねないからな」
「今まで散々クラトラスト様の足を引っ張ろうとしていた連中だったが、今回に関しては有り難いとしか言いようがないな」
「それもそうだろうな。ただ、時間の問題でもある。アデルポルは着々と味方をつけているみたいだしな」
「……戦力を集めなければならない。戦いを挑んできたんだ。こちらも王座を取り返すには戦争を仕掛け勝たなければならない。クラトラスト様も再戦し勝利すればまた王の道に進んでくれるはずだ」
「……ああ、そうだな。っつても、戦力か。俺は力にはなれねぇな。ナルキスは宛はあるのか?」
「いくつかな。まずは、確実なところから行く。アデルポルに我々の生存を知られるのもリスクがあるからな」
「でも、確実なところって……」
「……あまり頼りたくはなかったんだが。父のところに行く」
「父? 父ってパテル卿か?」
ナルキスは頷く。ナルキスの父パテルは非常に厳格で、幼いナルキスにも厳しく当っていた。ナルキスがクラトラストの従者となる前から貴族であり、所有する土地を王都の次に発展する街にまで仕立て上げたことで有名だった。次期王がクラトラストに決まった頃には、親子共々クラトラストへの支援をしてきたとして、王家からの信頼を寄せられるようになる。クラトラストが敗北したとはいえ、即お取り潰しになるとは思えない。
「確かに、パテル卿なら協力してくれそうだな。でも、俺ははじめに探すなら近衛騎士団の方かと思ってたぜ。近衛騎士団は元第九騎士団の連中だろ? いくら戦闘バカな連中でも、今更裏切ろうなんて思わないはずだろうし」
「近衛騎士団か……。騎士団長は優秀な人だ。生きていたら戦力として加えられるだろうが、連絡がつかない。あまり、期待しないほうがいい」
「……そうか。仲間を集めるのは難しいものだな」
「それでも、私はクラトラスト様を玉座に戻すよ、必ず」
ナルキスはクラトラストをイトロスに任せ、王都の外れにある父の別邸に赴いた。王が消えた今の状況で領地に引き籠もることはしないだろうと考えた通り、パテルは別邸の執務室にいた。ナルキスはそっと背後に近づく。
「生きていたか」
パテルの声が響く。
「ええ」
「そうか……、して、何を求める」
「アデルポルを討ち落とすため、兵を集めております。父上の兵をお借りしたいのです」
「断る」
「なぜ⁉」
求めていた返答ではないことにナルキスはパテルに詰め寄る。しかし、パテルは持っている書類を手にしたまま、つまらぬというようにため息をついた。
「なぜ? 当たり前だろうという。お前に兵をやる理由がない」
「アデルポルを好きにさせて良いというのですか!」
「そのアデルポル様から金と地位を頂戴する約束を得た」
「そんな……、そんなもの良いように使われるだけです! 約束など護られるはずがない! 貴方も分かっている筈だ!」
「契約は結ばれた。お前に力を貸す理由はない。衛兵! このナルキスと名乗る男を連れて行け」
「なっ!」
ナルキスを取り囲む衛兵はいとも簡単にナルキスを捕えた。
「右眼は眼帯、左腕は使いものにならぬ貴様に、私の兵が負けるはず無かろう」
父の一言はナルキスに強く敗北感を与えた。
屋敷の牢屋。薄暗く助けも呼べない。アデルポルにはもう、クラトラストとナルキスの生存は伝わってしまっただろう。ナルキスは泣きながら、唇を噛み締めた。
もう、だめだ。だめかもしれない。頼みの綱ももう存在しない。父を無意識に頼りにしていた。味方であると確信すらしていた。しかし、今この時、すべての兵を敵に回してしまった。もう、この国にいられない。もう、逃げるしか……。
「逃げる……」
それが手っ取り早い。なんとかここから抜け出し、クラトラストを連れて逃げるのだ。大丈夫。国が滅びても人が死ぬわけではない。最悪、クラトラストが生きていればそれで……
「私は、何を考えているんだ!」
クラトラストを逃がしたところで、クラトラストが幸せになれるわけではない。握りしめた拳から血が滴り落ちる。ずっと、ずっと、望んでいるのは、あの人の幸せだけだ。
その時、ガチャリと牢屋の扉が開いた。ナルキスは顔を上げ、逃げるなら今だと身体を起こした。しかし、扉を開けた人物を見たナルキスはその人物に危害を加えるのを辞めた。
「ミリュウ兄様」
「久しぶりだ、ナルキス」
それは、ナルキスの兄であり、パテルが一番初めに妻に産ませた子であった。
「ミリュウ兄様、なぜここに……」
「安心しなさい。今、ここから逃がしてあげるから。アデルポルにも出来る限りナルキスが来たことを隠し通せるように私の方で封の差止めを行っている」
「なぜ、そんなことを」
「アデルポルが王になれば、我が家だけでなく、多くの貴族と民が苦しむことになるからね」
兄であるミリュウは非力で、剣の才能は一切なかった。そのため、父の下で領地の管理をしていた。力強いと感じたことはなかった。
「兄様……」
「私も怒っているんだよ、美しく気高い我が弟をここまで傷だらけにしたんだ。素直に力を貸してあげない父上にも私は怒っている。ナルキス、今は耐えどきだ。お前はきっと逃げないだろう。私はよく知っている。だから、まずは落ち着いて考えるんだ。クラトラストを支援する人間は我が家だけではない。必ず他にいる。学院時代の友人でもいい。思い出せ。お前は私よりもうんと賢く強いのだから、分かるな」
学院時代……。ナルキスはハッとして兄を見上げた。
「お前も間違えることがあるだろう。皆、クラトラスト様に期待をしすぎる傾向にあるからな。過ちは飲み込み、まずは何が味方で何が敵か見定めなさい」
「兄様……」
「きっとお前の気持ちは伝わるはずだ」
ミリュウはナルキスの拘束を解き、ローブを被せた。そして、馬小屋まで連れて行った。
「ここは……、シルフィ!」
ナルキスは久しぶりに見た己の白い馬を抱きしめた。シルフィと呼ばれた馬もナルキスに答えるように抱きしめ返す。
「兄様、シルフィは王城に置いていた筈です、なぜここにいるのです」
「燃える炎の中、他の馬を連れて逃げてきたよ。よくも、まぁ、家を覚えていたものだよ。賢い子だ。我が家は馬小屋を広げる他なくなったけどね。ナルキス、運はすべてあちらにあるとは限らない。絶望はまだしてはいけない。シルフィを連れて走りなさい」
ナルキスは一つ頷き、愛馬に跨る。人なですると嬉しそうに啼いた。
「まだ、宛はある。それ次第で、また、クラトラスト様のやる気も……」
ナルキスは決心を固め、綱を握った。
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