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シルバーとクラトラスト
アルブム国は二ガレオス国の技術を真似するしか出来ない。新たなものを作り出せないのが、作り出すことを臆病になっているのが、アルブム国民の特徴だからだ。彼らは進歩を受け入れても、己で進歩をしようとしない。アルブムから来た騎士デルフィエイダのような性格は稀だ。基本アルブム国民は受け身である。その為、鉄の球を放つ武器を作る事ができるのは、二ガレオス国民だけ。そして、現段階で多くの資材を集めることが出来るのは、二ガレオス国とアルブムを繋ぐ唯一の街、エルバー領のみである。
シルバーは何も語らない。ただ静かな時が過ぎていく。シルバーとナルキス。二人の息が広がる。先に折れたのはシルバーの方だった。
「ハハッ……、ハハハッ! そうだ、そうだよ! あの武器、銃を作ったのは僕だ。まぁ、正確には僕が作らせたが正しいけれど!」
「なぜ、そんなことを?」
「そんなの、そんなの当たり前だろう? クラストのためだ! それ以外理由はないよ! 僕が製造に関わらなくてもいずれは出来上がっていた。あれはこの世界には早すぎる危険な兵器だ。そんな兵器をアデルポルだけが製造方法を知っていたらどうなる! この国もクラストも手も足も出ずに死ぬだろう! だから、銃の製造方法を知るためにも僕が彼らと手を結ぶ必要があった。ついでに異世界人の持つ知識も全て得るつもりだったんだ。まさかアデルポルに阻止されるとは思ってなかったけどね」
「アデルポルに……?」
「あいつは僕とクラストとの関係を気付いていたんだよ。気付いていて、僕を使った。そして、銃が出来上がる寸前のところで製造方法と銃を盗み、僕の知らぬところで完成させた。うちの技術者の弱みを握られた僕の責任だよ、完全にね!」
苛立たしい。とても、腹が立つ。シルバーは憎悪の目でアデルポルを思い浮かべ、壁を叩いた。
「あいつは、僕にクラストを裏切らせた。裏切らせたんだ。だけど、僕は……僕はね、少し期待していたんだ。クラストなら大丈夫だって。クラストならなんとか僕の過ちも救ってくれるってね。でも、ボケっとしている間に王都が陥落していた。本当に惨めだよ!」
ナルキスは何かを告げようとしては口を閉じる。自分も同じだ。クラトラストに期待して、失敗して、そして一番してはならないクラトラストに敗北を味合わせてしまった。
「僕はね、君になりたかった。君だよ、ナルキス。本来なら僕がクラトラストの側近でありたかった。だけど、クラストは拒否した。悔しかったよ。でも、そのまま不貞腐れてたってクラストの力にはなれないから。だから、エルバー領の領主になることにした。君も知っての通り、この領はアルブムに近接している。いくら脳天気なアルブム国民だとしても、極稀に反抗的な人間は産まれてくるからね。流されやすいアルブム国民はすぐに乗せられて、いつ国に迫ってくるか分からない。そもそも、アルブム国民は元々二ガレオス国民だ。いつ、どれ程挫けたとて、いづれ高みへ登ろうとする人間だっていても可笑しくはない。それも含めて、この国の中で一番重要な領はこのエルバー領だ。その領を僕が取りまとめる。それはきっとクラストの為になると思っていたんだ」
アルブム国と二ガレオス国。白と黒の国。アルブムは平和で温厚な国。誰もが平等に争いのない国。しかし、それは争いを好んできた人間が敗北し、自身の持つ向上心を捨てたからである。アルブム国の住民は約八割が元二ガレオス国民だ。二ガレオス国民として生きてきた人間が敗北し、争いを嫌うようになったことでアルブム国に亡命する。そしてそんな彼らを受け入れ、国として発展させたのがアルブム国である。
反対に、二ガレオス国は好戦的で成り上がり思考が強い国だ。しかし、競争があるから発展し続ける。アルブムに亡命しない限り、何度でもやり直せる。そう、アルブムに亡命しなければ。一度アルブムに亡命した者は二度と二ガレオス国に帰ってこれない。それは、その子孫を含めた全ての人間も同じだ。唯一、二ガレオス国に戻ることが出来るのは、天才と呼ばれ、二ガレオス国が迎えると許した人間だけである。しかし、それも十年に一度あるかないかの話。つまり、アルブム人がニガレオス国に足を踏み入れることはほぼ不可能ということ。ニガレオスに戻りたくとも、一生それができないのだ。その為、貿易で繋がっているエルバー領は、アルブム国からの侵入を食い止める壁の役割を担っているのだ。
「僕だってね、クラストが唯一王に相応しいと思っていた。クラストの為なら悪役にだってなって見せるさ。まさか、本当にクラストを王の座から引きづり落とすことなんて思っても見なかった。本当にあの時の判断は、僕の最大のミスだ!」
シルバーはアデルポルを侮っていた。まさか自分が陥れるなど考えても見なかった。
「クラストが死んだと聞いた時、僕は死のうと思った。アデルポルが僕を殺さなかったのは、クラストが死ねば、僕も一緒に死ぬだろうと考えていたからだろうね。その通りさ、ナイフを持って、腹を切り裂こうと思った。でも、死ぬ直前、君を思い出したんだ、ナルキス」
憎きナルキスの姿。いつもクラトラストの側にいた男。自分だってクラトラストの側にありたかった。共に過ごした学舎で、密かにクラトラストの為に動いていたのは自分も同じだ。結局、ナルキスに全てを持っていかれた。ナルキスを殺そうかと考えた。クラトラストは弱い者に興味がないから。けれど、殺せなかった。殺さなかった。
「君がいるなら、クラトラストは死なない。強くて逞しい君ならクラトラストを死なせないそう思った。きっと、燃える城で一人倒れていたとしても、君はクラトラストだけでも救うはずだって、思い留まった。だから、君たちが生きていると風の噂で聞いた時、大声で笑ったさ。ああ、やっぱり生きていた。生きていたんだって、泣いたよ。そして、結局、僕はクラストの為にはなれなかったんだ。ねぇ、クラスト。どうする? 僕は戦犯だよ。僕のせいで君は負けた。僕を殺す? 僕はどちらでもいいよ。」
クラトラストは窓の外を見つめ、ため息を付いた。陽気な鳥が歌っている。木々に留まり、そして空へ飛んでいく。
「お前を殺して、俺のなんの利益になる。俺を叱責しておいて、お前はそれか? 死ぬのか?」
シルバーはキョトンとしたかと思えば、笑った。クラトラストを見て笑った。
「ははは! そうさ!君ってやつはそういう奴だ。本当に……、本当にね……」
優しい奴。シルバーは笑ってクラトラストを見た。やっぱり彼しかいない。自分が仕える主は彼しかいない。負けるのが嫌で、負けたら不貞腐れて、面倒くさくて、誰よりも人を惹きつける男だ。
「兵を出すよ、君のためならいくらでも。銃も渡そう」
「作れるのですか」
ナルキスは驚いてシルバーに迫る。
「もう出来上がっているよ。君たちが生きていると信じたその時には。安心してよ、アデルポルが保有しているものよりも数倍、いや数百倍は威力が高いから」
シルバーは裏切った男を捕まえ、死よりも恐ろしい拷問を受けさせた。結果、銃の製造方法を知り、持ち得る全ての知識を持って銃を完成させた。
「兵はいくら出そうか」
「300でいい」
「300 ?」
クラトラストの発言にシルバーは眉を寄せた。アデルポルの兵は一万を超える。仮に現在の貴族たちがアデルポルについていたとするなら、五万の兵がいたとしても可笑しくはないだろう。
「やはり、王になる気は……」
「黙れ、テメェは俺をなんだと思っていやがる。後の兵はここに残しておけ。いいか、アルブムからの増援は許すな」
何を勘違いしている。シルバーは愚かな己に阿呆だと告げる。この男は既にやる気だ。それこそ我が主。我が国王!
「クラスト、いいえ、クラトラスト王。あなたの為ならばこのシルバー、命を捧げましょう。必ずや、勝利へ」
跪き誓いを立てる。クラトラストはその誓いに頷き、ナルキスを連れて帰っていった。その後ろ姿を見てシルバーはホッと息をついた。
本当に生きていた、本当に生きていた。この目でまた彼の姿を見れた。今度は間違えない。必ず勝利へ導く。
「それにしても、クラストとナルキスの関係は変わらずか」
笑ってしまうほど、その関係は学院時代と変わらない。一度、嫉妬からシルバーはクラトラストに言ってしまったことがある。
『ナルキスって僕の好みなんだけど、手を出してもいいかな?』
その後一ヶ月クラトラストは話しかけても返事をしてくれなかった。恐らく、クラトラストはその言葉を未だに覚えていたのだろう。だから、わざわざエルバー領まですっ飛んできた。彼は恋愛面では滅法弱い。なぜ一従者の為に馬を出し走ってきたのか理解していないだろう。そしてナルキスも、なぜクラトラストがナルキスの為に走ってきたのか理解していない。シルバーは敵に塩を送る真似はしない。
「例え無意識に思い合っていたとしても言ってやるものか」
クラトラストが王に戻ると誓ったのが、放っておくとナルキスが簡単に他人に身体を差し出しかねないと判断したからだとしても。
「ふふっ、まぁ、あのまま拗れればいいさ。僕的にはその方が嬉しい。クラストとナルキスもまだ身体の交わいはないみたいだし。さっ、僕も僕のすべきことをしようか」
その瞳に強い光が走った。
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