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王と奪還
ナルキスはアギオスの森へと来ていた。結局集まった兵の数は千人程度。エルバー領の兵とナルキスが懇意にしていた友人らの持つ兵のみが集まることとなった。いくら銃という新たな武器を取り揃えようと、数の暴力には勝てない。なにより……クラトラストがまだ来ていない。決行日目前でクラトラストはどこかに行ってしまった。逃げるわけがない。そうナルキスは信じている。だが、その姿はどこにもなく、兵の中にも不安が高まっているとヒシヒシと感じた。
「クラトラスト様がいなくとも……、私だけでもアデルポルを討ち取れれば……」
「ナルキス、はやるなよ」
「イトロス……」
「指揮官のお前が焦るから下のも不安になるんだ。堂々としとけよ」
イトロスの言葉にナルキスは頷く。クラトラストは来る。必ず来る。そう拳を握る。しかし、無情にも定刻の時間が来た。
「イトロス、私は死んでもアデルポルを討つ。どうか、クラトラスト様のことを頼んだ」
「ナルキス……、フッ、お前が死ぬなら俺も死ぬよ」
「なっ!」
「あの日、俺は燃える城を見つめるだけだった。あの城にお前がいることを知っていたのにだ。もうあんな不甲斐ないことはしたくない。今度はお前のそばでお前を守りたい」
イトロスは涙を零すナルキスを抱き締める。ただ、イトロスは知っていた。この涙はすぐに止まる。きっと、間違いなく。涙を拭ったナルキスは兵に向かって告げる。
「定刻の時間です。敵の数は多い。しかし、未来の二ガレオス国のために、我々は戦わねばなりません。これより、アデルポルを討ち、城を取り戻します!」
行くぞとそう声を上げようとしたその時、一人の男が近づいてきた。ナルキスは驚きながらも、剣を抜いた。
「父上……」
そこに立つのはナルキスの父パテルだ。背後には数千の兵が控えていた。パテルは今やアデルポル側の人間。作戦がバレている。ナルキスは慎重にパテルの動きを見据える。
「ナルキス、剣をおろせ」
それを告げたのは、クラトラストだ。いつの間にこの場にいたのか。ナルキスは剣を納めた。
「クラトラスト様、お待たせ致しました。このパテル、一万の兵を連れて参りました」
父の言葉にナルキスは思わず「嘘だ」と呟いた。父はナルキスをちらりと見ては目を逸らした。
「どうやら、パテル卿に先を越されたらしい」
今度は誰だと後方を見ると、壊滅したと思われていたクラトラストの親衛隊がいた。
「怪我が完治していない奴もいる。申し訳ないが、こちらは出せて五百の兵だ。代わりに市民兵三千を用意した」
「市民兵だと……」
「安心しろ。市民はすべて元軍人や警備兵だ。それも自分で志願してきた者ばかりよ」
一万以上の兵士……。まさかここまで集まるなんて……。ナルキスは驚きを隠せない。
「ナルキス、これでお前が命を張らずに済むな」
「イトロス……、あ、ああ。いや、クラトラスト様が前線に出る以上は私もこの命を賭けなければならない」
「本当にお前は……たくっ……、少しは肩の荷を降ろせよ」
「これが私の生きる意味だからな……。それより、なぜ父は兵を連れて来たのだろうか。私の願いには一切聞く耳を持たなかったというのに……。それに、いくら父といえど、一万の兵を集めるなぞ無理がある!」
いくら大貴族に成り上がろうと、そんな兵はどこにも持ち合わせていないはずだ。この局面で嘘を付くメリットはない。
「それは、父上が貴族達に頭を下げて兵を掻き集めたからだよ」
「ミリュウ兄様……」
ナルキスの兄は万の兵を見て笑う。
「ナルキスが屋敷を訪れた後、父上は各貴族と連携し、アデルポルが王となるのを阻止していた。父上は、クラトラスト様が来ることを待っていた。ナルキス、お前と同じさ。父上はなんだかんだ言って待っていたんだよ、クラトラスト様を」
「父上が……」
「素直じゃない人だよ。ナルキスを逃がした私に見向きもせず、ただ貴族と話し合いの場を設けていたんだから。本当に」
冷淡だと思っていた父は想像以上に優しい人だったのかもしれない。誤解を……していた……。この人は裏切ってなど、いなかったのか。
「ナルキス、私はお前や父上と違って剣の才能は持ち得ていない。後方支援しか出来ぬが、必ず信じているよ」
「ええ、兄様。ありがとうございます。……父上もありがとうございます」
ナルキスの声が届いたか分からない。だが、パテルの頬が一瞬揺らいだことをナルキスもミリュウも気づいていた。
「あーあ、結局、僕は当て馬で終わるのか」
今度はシルバーがナルキスの下へ近づいてきた。ヤレヤレと肩を持ち上げ、いやいやと首を降る。
「ゲッ、シルバー」
「ゲッて、君ね……。イトロス、君は相変わらず生意気そうだね」
「お陰様で、シルバー様も相変わらずなご様子で」
シルバーとイトロスは学院時代から馬が合わない。課題を共に行うことがあったらしいが、喧嘩は毎度のこと、教師が止めるまで言い合いをしていた事もあったのだという。
「君の父上のせいで、僕のたった三百の兵は霞んで見えるよ」
「シルバー様の兵は元より国境を護るためにある。クラトラスト様のご指示だろう?」
「それでも、僕だってクラストの為に兵を出したかったさ。まさか、パテル卿が意気揚々と一万も兵を連れてくるなんて思わなかったけどね」
シルバーは長い髪を指に巻き付け、イジイジと苦言を吐いている。イトロスはその髪を切ってやろうかとハサミを探しに行った。
「まっ、こうなることは予想はついてたけどね。ミリュウ君はほら、なんかおっとりしてるから気付いてないかもしれないけど、ナルキスが生きてるって噂が立つ前から君の父上はアデルポルと戦う気満々だったよ。もう、君らが生きてるって確定で動いてた。じゃないと、こんな短期間でここまでの兵士集まらないでしょ。本当、親バカってやつかな。まっ、あとはクラストの指示待ちだったから君が何を言っても聞かなかったんだろうけど。僕はいい迷惑だ。当て馬だ当て馬」
「貴方のその子どものような態度は久しぶりに見ますね。数日前のシルバーとは見間違うくらいです」
木々がさわめく。定刻の時間は過ぎた。兵が動き出している。
「僕も、パテル卿も、親衛隊も、市民兵も、皆待っていたからね。絶対的な王、クラトラスト王を。君と一緒だ。皆、待っていた。そして、クラトラスト王は戻ってきた。後は玉座に深く腰掛けて国を統治すればそれでおしまいだ。僕らは気負うことはない。ただ、彼の背中を護るだけ。」
だから、普段通りでいいのさ。
そう、それでおしまいだ。ナルキスは笑った。まるで戦場に赴く前の会話ではない。けれど、皆、負ける気がしなかった。同じ気持ちだ。王は、王であるのは、クラトラストただ一人。そう、皆が信じているから。
その日、王都奪還のため、一万と数千もの兵が王都に乗り込んだ。数日の戦いを見込んでいたクラトラスト兵だったが、その戦いは僅か一時間で幕を閉じる。その事実は歴史に刻まれ、多くの民に語り継がれることとなる。
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