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黒の王国と白の王国

 数百年も昔。二ガレオスは大きな国だった。争いが絶えず、蹴落とし、蹴落とされの酷く荒れた国。皆、一様に上を目指していた。だが、実力主義の国に嫌気がさした者も段々と多くなってきた。その者たちがいつからか集落を作り、街をつくるようになった。そして新たな国を作ろうとした。本来なら、国土が狭くなる為、阻止すべき事案だ。だが、二ガレオス国民は誰一人として新たな国が作られることを反対しなかった。なぜなら、二ガレオス国民は分かっていたからだ。自分もいずれ競争に負けるかもしれないことを。競争に負け、ボロボロになった先で逃げ場がないのは困る。その逃げ場は一つの国としてあったほうが都合が良い。そんな理由で、アルブムは誕生した。  二ガレオスとアルブムは互いに依存し合っている。どちらがなくなっても困るのだ。アルブムは競争をしない国だからこそ平和であるが、自国だけでは発展しない。また、平和だからこそ、危機感がなく、子の数も年々減るばかりだ。二ガレオスからの亡命者は新たな労働者にもなり得る存在だ。逆に二ガレオスは、アルブムに商いをする。国内では競争相手がいかようにも邪魔をしてくる中で安心して販売できる。また、何か有事があった際に逃げる道として使える。互いに確かな利益の元、成り立っている。 「でも、でも、それじゃあ、なんで! 一回アルブムに行ったら、帰って来れないんだよ! 一回逃げてアルブムに行ったからって二度と二ガレオスに近寄るなって、酷いだろ! 故郷だし、それに、その子孫も延々に二ガレオスに行けないってのも可笑しい!」  シルバーが丁寧に説明をするが、クニヒロは頑として納得しない。段々と面倒臭くなったクラトラストがついには剣を抜いた。 「うっせぇな、黙れ。ピーピー言いやがって。そんなに文句があるなら、死ね」 「やっ……!」  クニヒロは目を瞑ったが痛みは襲ってこない。クニヒロを護ったのはデルフィエイダだ。 「ゲホッ」 「デルフィエイダ!」  クラトラストの剣は防いだが、しかし先ほど受けた傷がデルフィエイダを苦しめた。 「デルフィエイダ……。ぼ、暴力で何でも言うこと利かすなんて最低だ! お前ら、やっぱり最低最悪だ!」 「何言ってやがる。それがこの世界の在り方だ。逃げた奴は終わり。待つのは死。それだけだ。てめぇのちゃちな国と比べんな」 「でも、でも! 俺の国は平和だった。みんな争いがない世界で平和に暮らすことが一番なんだ」 「じゃあ、なんでてめぇの国にこんな兵器が転がってやがる。平和な国から来たてめぇが、なんでこんな物の作り方を知ってやがる。本当に、てめぇの国は平和だったのか? あ゙?」 「そ……、それは……」  クニヒロは目を逸らす。手を胸元に持っていき、縮こまるようにしゃがむ。平和、平和。確かに平和な国だった。平和だったはずだ。そうだ、妄想じゃない、クニヒロが平和にしてあげたんだ。あの日。    茹だるような暑さで。部屋の中で引き籠もった。小さな部屋で、何かに追われた感覚。震える手と足。いつからか聞こえる怒鳴り声。振り向いても声の主はいない。けど、教室の中にはいつも彼らがいて、クニヒロを怒鳴っては蹴り飛ばした男たちがいた。 『正義感振りかざして、ヒーロー気取りか? キメェの』  イジメはだめだから護ったのに。イジメはだめだから助けたのに。その相手も知らん顔。可笑しい、この世界は可笑しい。俺が変えなきゃ、変えなきゃいけない。  けど、怖いからクニヒロは部屋に引き籠もった。パソコンで、動画を見て、いつからか過激な内容が目に入るようになった。違法なサイトもたくさん出てきて、なんとなく見て。いつからか、簡易銃を製造する動画やサイトも見るようになった。バンされてもまた新しいサイトができる。その繰り返し。クニヒロはそうだと思いついた。試しに作ってみようと。簡易銃。またサイトが見れなくなる前に一度試してみよう。造り方は難しいようでそうでなかった。肝心の材料はグレーなサイトで購入した。出来上がった時は嬉しかったし、造っている間は楽しかった。試しに撃ったら、壁に穴が空いた。両親は怒らなかった。何も見なかったふりをしていた。 「これがあれば、きっと間違った人達を正せるね」  クニヒロは銃を握り締めた。そうだ、学校で使ってみよう。歩いていった学校で、誰もが普通に過ごしていた教室で、久しぶりに見たクラスメイトに、クニヒロは笑った。  突きつけられた現実。クニヒロは確かに平和と言われていた自分の世界を思い出した。 「平等にしないと……、平等じゃないと……、誰かが傷つくんだ……、誰かが……誰かが……、俺が……」 「平等は平和ではありませんよ。二ガレオスもアルブムも皆、誰かより優れていたい、有利でありたいと考えています。隠していても必ず底に秘めています」 「でも……、でも……」 「貴方の言う平等は暴力で抑えつけることなのですか?」 「ちがっ」 「ですが、貴方の持つその武器は確かに人を傷つけ、抑えつけるためにあるものです。そして、貴方は何も知らない、生み出すはずのなかったものをこの世界に齎した。剣しかないこの世界に、飛び道具を手渡してしまった。今よりももっとこの世界は危うくなる。殺し合いが過激になり、暗殺も多くなることでしょう。貴方はこの先亡くなるはずの無かった命も奪い続けるのですよ。貴方はこの世界のためといいますが、本当にこの世界のためと言うのなら、こんな物の知識伝えるべきでなかった」  ナルキスはクニヒロに向かって話をする。目を見て、真っ直ぐに伝える。世界は違う。クニヒロのいた世界とこの世界は違う。国も歴史も人も心もあるべきものもあるはずないものも全てが違う。クニヒロは涙を大量に流し、口を開けては閉じ、何も発することが出来なくなった。 「これでしめぇだ」  僅か一時間の出来事。クラトラストが終わりだと告げ、幕が閉じる。敵兵はアデルポルが降伏したと告げると動きを止め白旗を上げた。クラトラスト兵の死者は出ず、名医であるイトロスがいたおかげか、重傷を負ったものもすぐに復帰できる身体となった。    連れて行かれるアデルポルとクニヒロ。それをナルキスは剣を握り、見届ける。後はアルブム兵をどう扱うか。死にかけの人間だがイトロスはデルフィエイダを助けるだろう。それなら、イトロスが姿を現すまで、ここで放置をと、ナルキスは思った。それと同時に思い出す。そういえば、もう一人アルブムの人間がいた。冒険者の、リヴール。結局、なぜ彼がデルフィエイダ達と共に行動していたのか分からなかった。ただ、彼はアルブムの出自には珍しい冒険者という肩書きだった。先程までクニヒロを抱き締めていたはず。力こそ劣るが、アルブムでは名のある冒険者。彼は、彼だけは、まだ何も果たしていない。  クニヒロもデルフィエイダもアデルポルも戦う意思はないのに、彼だけがまだ終わっていない。ナルキスはリヴールがクニヒロが持っていた銃を握っているのを見てしまった。こっそりと、誰にも気付かれないように、握られている。  そして、それはクラトラストに向けられていた。ナルキスは無我夢中で走ってクラトラストの背を押した。 「あ゙?」    銃声が響く。  音もなく、静寂が訪れた。  血が流れ、ナルキスが倒れる。  絶叫が遠くで聞こえる。  ナルキスは静かに目を閉じた。  

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