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短編番外編 クラナス
【初キス】
ナルキスが13のとき。クラトラストとナルキスはいつものように剣の稽古をしていた。珍しくナルキスがクラトラストの隙をつき、打ち負かした。クラトラストは面白くなさそうに、草むらに寝転がる。拗ねたクラトラストの横でナルキスも笑って草むらの上に座った。風が吹く。静かな世界。いつの間にか、クラトラストは眠っていた。隙のないクラトラストが眠っている。珍しいことだ。調子が悪かったのだろうかとクラトラストの顔を覗き込む。ふと、目に映り込んできたのはクラトラストの唇だった。ジッと見つめる。最近、クラトラストを見ると、下半身が熱くなる。ナルキスは病気だろうかと悩んだが、兄に相談すると性教育が開始された。下半身が熱くなる理由が分かったら分かったで、クラトラストに向けた自分の欲に気付いてしまった。ナルキスは顔を背ける。しかし、こんなチャンス二度とないかもしれない。でも、そんなこと許されない。抑えるんだって、ナルキスは右腕を左手でギュウッと握りしめた。
『寝てるし、気付かれないかも……』
邪な気持ちが一度溢れてしまうと、抑えられないのが人というもの。それに加えナルキスはまだ十三と幼い。つまり、欲に勝てなかった。
ナルキスはそっとクラトラストに近付いて、唇と唇をくっつけた。
バッと離れる。起きてないか? 目線だけをクラトラストに向けるが、目は閉じられている。ホッとして、だけど、ジワジワと顔が赤くなっていく。だって、だって、キスしてしまった。
「クラスト……、ごめん、ごめんなさい……」
罪悪感と後悔と、喜びが混ざり合う。もうしない、してはいけない。けど……
もしもう一度同じ状況になったら、キスしてしまうかもしれない……
※実はちゃんと起きてるクラトラスト君は、けれども何も言わないのである
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【と思ったらもっと前にキスしている件】
クラトラストにとってナルキスはその他大勢の一人に過ぎなかった。
両親から強さを求められたクラトラストは、強者の証である剣術にのめり込んでいた。上の兄が八人いて、下の弟はこれからもっと増えるだろう。クラトラストは王になる夢を持ち合わせていない。だからこそ、剣だけを見ていても咎める者もおらず、むしろ推奨されていた。
同年代では負け無しになって来たクラトラスト。生まれは一つ上の兄ゲイジルシアは弱すぎて話にならない。本気で打ち合える者をクラトラストは求めていた。そんな時に現れたのがナルキスだった。
幼い頃のナルキスは、美しいというよりも愛らしい見た目をしていた。スカートを履けば恐らく女児に見えていてもおかしくなかっただろう。そんなナヨナヨした女のような男が剣を扱えるとは思わなかった。クラトラストはナルキスに興味の欠片も持てなかった。
しかし、ナルキスは非常に従順かつ意志のない男だった。クラトラストが興味がないと行動で示しても、彼はいつも後ろに控えている。いつからか、クラトラストの御友人として当たり前のように側にいるようになった。
ナルキスがクラトラストにとって目の前にいて煩わしい人間ではなくなった頃。日常茶飯事でもある暗殺が繰り広げられた。いつもと違う使用人の顔ぶれ。胸元に隠しているナイフ。クラトラストは暗殺者の数を数えた。そういえば、ナルキスがいる。貴族の息子であるナルキスを巻き込み死んだらあとが面倒だ。クラトラストはどう片付けるか考えるた時、ナルキスは剣を持って暗殺者を殺し始めた。見せかけの剣と思っていたが、軽やかに動くその姿にクラトラストは興奮した。
クラトラストは一度負かした相手を二度相手にすることはなかった。なぜなら、何度相手しても彼らがそれ以上強くなることはなかったからだ。しかし、ナルキスは違う。戦う度に強くなり、戦う度に様々な策でクラトラストを翻弄した。クラトラストが言葉にすることは決してない。けれど、確かにナルキスはクラトラストのお気に入りだった。
その日、ナルキスはいつもと違い、調子が悪かった。クラトラストはそれに気付いていたが敢えてそれを指摘しなかった。しかし、剣の打ち合いをした後、ナルキスはパタリと倒れることとなる。
「申し訳ございません」
ナルキスが倒れた後にすぐにナルキスの父パテルがクラトラストの部屋にやってきた。謝罪をしてナルキスを使用人に運ばせようとする。クラトラストはなんとなく、特に理由なく、その行動を止めた。
「クラトラスト様?」
「俺は弱い奴に興味ねぇ。風邪をひく馬鹿は不要だ」
「左様でございます。今後はナルキスを近づけさせぬよう……クラトラスト様?」
「次はねぇ。こいつは俺が預かっておく。治り次第、テメェが指導しろ」
パテルは見たことがないほどの間抜け面を見せた。クラトラストは満足したように足を組んで、ナルキスの眠るベッドへと身体を向けた。
「畏まりました。それでは、我が愚息を宜しくお願い申し上げます」
パテルが出て行ってから数分。クラトラストはナルキスを見つめるのを止めず、じっくりとその表情を見続ける。身体が弱いのは良くないことだ。剣は振れなくなるし、体力は落ちる。いいこと一つない。クラトラストは鼻を鳴らし、読もうと思っていた歴史書を手に取った。
「クラ……スト……?」
ぼんやりとしている。ようやく目を覚ましたのかとクラトラストは本を閉じた。
「ど……して……ここは?」
「俺の前で倒れやがって」
「あっ……、も、しわけない。今日の打ち合いのことを考えて眠れていなかった」
剣の打ち合いで、ナルキスは数え切れない程の策を講じてくる。眠らないで考えるとは勉強熱心なことだ。しかし体調を崩してしまったら元も子もない。
「次はねぇからな」
「気をつける」
静かに答えたナルキス。頑張って起きて話の続きをしようと目を開けるが、ナルキスはとうとう目を瞑ってしまった。
クラトラストはまた本に目を移す。
『百年前、国を滅ぼそうと目論んだ悪女が、死刑される』
『悪女は弱っている者に漬け込み、己の個を確立していった』
『キスなどの軽い行為から性行為まで行い、王子までもが籠絡した。』
クラトラストはふと、ナルキスを見た。初めて会ったときより幼さは抜け、男らしい肉体がついてきた。もう、ナヨナヨしているとは誰も思わないだろう。しかし、その美しさは健在だ。ナルキスが本気を出したら、国どころか世界が滅びそうだ。
「こいつが国を滅ぼそうがどうでもいい」
だが、自分の知らぬところで国が滅びられても困る。クラトラストはナルキスに近寄り、躊躇いもなく唇をナルキスの唇にくっつけた。
「フッ」
クラトラストは鼻で笑い、本を閉じ、部屋を出た。
「あんな甘えの、誰も籠絡しねぇな」
※無自覚に籠絡された男の独り言
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