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第6章 新たな門出1
義姉様の言葉を聞いて、胸がズキンと痛んだ。
兄様も、ビルも、義姉様も僕のことを思って、エドワード様のことについて口出ししなかった。その事実に驚きを隠せない。
初めて恋人ができたことに浮き足立ち、いつの間にかエドワード様のことしか見えなくなっていたことに気づかされる。
「恋は盲目よ。人を好きになる気持ちは、だれにも止められないわ。たとえ、エドワード様が噂通りのひどい人だったとしても、ルカくんの恋人を慕う気持ちは変えられない。だったら、あなたが目を覚ますまで待っていよう、見守ろうって決めたのよ」
兄様とビルは席を立ち、双子とおば様を呼びに行った。
その間に義姉様は、ミルクティーがなみなみと入ったカップを僕の前に静かに置いた。
紅茶の香り高い匂いとミルクの優しい匂いが心地良い。不安と悲しみでいっぱいだった心が、ほんの少しだけ楽になる。
「大好きな恋人のことを悪く言われれば、だれだって、おもしくはないわ。恋の魔法は、とてもすてきよ。代わり映えのない人生を薔薇色に染めることもある。だけど――どんな極悪非道な悪人も、天上に住む神々のように尊い存在にしてしまうわ」
「そうですね、義姉様の言う通りです。エドワード様がひどい言葉をかけてきても、嫌な態度をとっても恋人だから彼の言うことを聞いて、我慢しました。器量の悪い同性愛者の男の恋人になり、人生を共にする人間はこの先、現れない。そう思ったから……」
話しているうちに、鼻の奥がツンとしてきた。喋るうちに、胸の奥から悲しみが込み上げ、思口元を押さえる。
義姉様は椅子から立ち上がると泣いている幼子を慰めるように、僕の身体をそっと抱きしめてくれた。
あの方のことを思えば胸が押しつぶされそうなくらいに痛む。苦くてまずい薬を飲んだみたいに、嫌な感じが全身に広がる。それでも僕の目は、涙を浮かべることはなかった。
「つらいわよね。つらくないわけがないわ」
「はい、とても苦しいです。あの方と別れれば気分もスッキリして、心機一転できると思っていたのに、ぜんぜん駄目なんです。どうしたらいいんでしょう」
「そうね――あなたの身体の傷が癒えたように、いつかは心の傷も癒えるわ。時間が解決してくれる」
義姉様は僕の背に回した腕を離して、頬へと手を当てた。
「あなたは自分の選択に後悔している?」
そう問いかけられて「いいえ、それだけは絶対にあり得ません」と答える。
「なら、大丈夫。エドワード様とうまくいかなかったのは、あなたにはもっとふさわしい人がいるって『愛』の女神様が教えてくれたのかもしれないわ」
「そんな、僕のような男を好きになる人なんて……」
話していると口の中にサクッとした歯触りのいいものが入り、口の中に素朴でやさしい甘さが広がる。
義姉様が手作りのクッキーを僕の口の中に入れたのだ。
「あなたにはあなたの魅力がある。それをわかってくれる人が現れる未来を描かなきゃ」
人好きのする笑みを浮かべて義姉様はウインクをした。
「王宮の事務も魅力的だけど、それ以外の選択肢もあるわ。ビルくんやアル、ルカくんが焦る気持ちもわかるけど、もう少し肩の力を抜いて。失敗は成功の元。大丈夫、あなたなら新しい仕事を見つけられるわ。それに、新しい恋だってできるかもしれないから、ねっ?」
サクサクとして軽やかなクッキーを咀 嚼 し、飲み込む。
「そう、でしょうか?」
「うん、もっと自信を持って」
「「かあしゃま!」」
たっぷり遊んできた双子は走ってくると義姉様の腰にしがみついた。
「こら、双子! 汚い手でお母さんに触っちゃ駄目だろ! エプロンが汚れるし、変な病気になったらどうする!」
ほんの数分しか経っていないのにビルは肩で息をし、大声で甥っ子と姪っ子に怒鳴った。
「ビルおじちゃまが、いじめる」「いじわる、いうー!」と双子はワンワン泣き出してしまう。
するとビルは「これくらいで泣くんじゃない!」とギャンギャン怒る。「アル兄様も父親なら、ちゃんと子供に言ってください!」
兄様は、ビルのお尻の辺りに蹴りを入れてから、すまなそうに義姉様に謝り、泣いている双子をあやす。
そんな僕の兄弟たちのやりとりを、おば様が微笑みながら見ている。
「大丈夫よ、ビルくん。子どもは遊ぶのが仕事」
「ですが……」
「私は、小さいときからご近所の農家さんや、畜産業のおじさん・おばさんたちを手伝っていたから、病気にかからないわ。それにエプロンはまた洗えばいいんだし」と義姉様は兄様に微笑んだ。
「かあしゃま、おやちゅ?」
「あまいにおいがしゅる!」
目をキラキラさせて双子は義姉様に話しかける。
「そうよ、三時のおやつ。手をお水で洗って席について」
「「わーい!」」と双子は両手を上げて大喜びしたかと思うと義姉様の横で座っている僕の方を、じっと見る。
席を立ち、双子の前でしゃがみ、目線を合わせる。
「どうしたの? 僕の顔に何かついている?」
双子は義姉様にしがみついていた手を放し、悲しそうな顔をした。
「ルカおじちゃま、元気ないない?」
「ぽんぽん痛い? 泣いちゃう?」
作り笑顔を浮かべて「大丈夫、痛くないよ」と答えるとアルテミスは庭で摘んできた花と僕の顔を交互に見て、花を差し出した。
「おじちゃま、お花しゃんあげりゅ! 元気出して!」
「いいの?」と訊けば、「うん!」と元気よく返事をする。
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