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第6章 新たな門出2

「ありがとう」  かわいい姪っ子の頭を撫でているとアルテミスの隣にいたアポロンが「えっとえっと、」とズボンのポケットに手を突っ込む。 「虫しゃん、あげりゅ」  両手にいっぱいのダンゴムシを持ったアポロンは、どうだ、すごいだろうと満面の笑みを浮かべた。  背後でギャアアア! と悲鳴をあげるビルと彼を叱る兄様の声がする。  苦笑しながらダンゴムシを受け取り、お礼を言う。  双子の妹のように褒めてもらえるのをウキウキ待っている甥っ子の頭を撫でて立ち上がる。  義姉様は腰をかがめて幼い子どもたちに微笑みかける。 「ルカおじさんに褒めてもらえてよかったね、ふたりとも」 「「うん!」」 「義姉様。アルテミスのとってきた花をテーブルに活けるのはどうでしょうか?」と提案する。  義姉様は「そうね、それがいいわ」と僕が手にしていた花を受け取る。  するとアルテミスは両手をあげて大喜びした。  双子の妹ばかり褒められているのが、おもろしくないアポロンはムッとする。 「かあしゃま、虫しゃんもテーブルにおいて」と母親にねだる。 「ごめんね、アポロン。ダンゴムシさんはテーブルには置けないの。おうちに返してね」 「なんで?」と彼は不服そうに身体を左右に揺らす。 「だってダンゴムシさんにもおうちがあって、家族がいるもの。アポロンだって、いきなり知らない人におうちから遠く離れた場所へ連れていかれたら怖いでしょ? 『おうちへ帰して』って思わない?」  義姉様の言葉を耳にしてアポロンは眉をへにょりとさせた。  僕は手の平で丸まっているダンゴムシを彼に見せる。 「ねえ、アポロン。ダンゴムシさんは怖いって思うと体を丸めて自分の身を守るんだ」 「ほんとだ」 「さあ、虫さんを元いた場所に帰してあげて」  義姉様が言えば「うん」とアポロンは素直に返事をした。  僕の手の中にいたダンゴムシたちを小さな手にのせ、大きなブナの木の下まで走っていく。その場でしゃがみ、丸まったダンゴムシたちを地面に返す。  急いで戻ってきたアポロンを「いい子だな」と兄様が抱き上げ、ふっくらと丸みを帯びた頬へ口づける。 「とうしゃま、とうしゃまアルテミスも!」  兄様が苦笑する。  ジャンプをし続けるアルテミスも抱き上げ、彼女の頬へも口づける。  義姉様はそんな双子たちの頬を指先で撫でた。  義姉様が子どもたちに微笑んでいる姿を、兄様は優しい目で見つめている。  美しい光景に目を細め、彼らの姿を眺め見た。  今まで僕は薄暗い曇天の下をあてどなく歩き、冷たい 北風に晒されているかのように心が冷え切っていた。だけ、急に日の光が差し込んで進むべき道が明らかになる。 「アポロン、アルテミスありがとう。お礼にルカおじさんが楽しくて可愛い()()を、かけてあげる。さっ、早く手を洗ってお茶の時間にしよう」 「「あーい!」」  元気よく双子は返事をし、兄様に手洗い場へ早く向かうように急かした。  兄様は双子たちを抱え、ドラゴンごっこをしながら手洗い場へ走っていった。  義姉様はアルテミスの摘んできた花を活けるのに必要な花瓶を取りに家の中へ入る。  髪の毛にたくさん花をつけられ、ゲッソリしたビルが「ルカ兄様」と涙声で話しかけてくる。 「子どもって気まぐれですね。いたずら好きの妖精みたいです。何を考えているのか、ぜんぜんわかりません」 「ビルもあれくらいのときは、いろいろと“おいた”をしていたよ。兄様秘蔵のお菓子を盗み食い。僕の持っていた本に落書き。父様のインクを全部机の上にひっくり返していたよ」  拗ねた顔をしてビルは「そんなこと知りません。もう疲れました」と義姉様が作ったパウンドケーキを一切れ口に運んだ。 「ビル! 小さい子もいるのに、つまみ食いをしちゃ駄目」 「だってー」  おば様が僕らのやりとりに声を立てて笑った。  気まずそうにビルは口もとをハンカチで拭い、「アル兄様ひとりでは双子の相手が大変ですね。ぼくも手伝ってきます」とそそくさとその場を退いた。  おば様が穏やかな笑みを浮かべる。 「楽しみだわ。あなたの魔法を見られるのは、いつぶりかしら?」 「そうですね、兄様と義姉様の結婚式以来でしょうか」 「もったいないわね、すてきな魔法なのに。それがあれば王宮以外でもやっていけるわ」 「そうでしょうか? 学園では、あまり魔法や魔術の成績がよくなかったです。実戦には向きませんから」  そうして僕は上着のポケットから杖を出す。目線をおば様から樫の木でできた質素な木の棒へと移し、じっと見る。  二、三分経つと陶器でできた花瓶に花を生けた姉様が帰ってきてビルや兄様と双子たちも席についた。  僕は、兄様と義姉様に双子を膝の上にのせるよう、お願いする。 「それじゃあ、森に住むみんなの力を借りてミュージカルを開こう」  僕はみんなの拍手を耳にしながら杖を振る。  ポンッと音を立てて庭先に切り株が現れる。 「アポロン、アルテミス。森に住む動物や精霊たちは、みんな恥ずかしがり屋さんだから静かにしてね。お約束だよ」 「「あい、おじちゃま」」 「この木の切り株が舞台。ここに近づくと危ないから父様と母様のお膝の上で見ていてね」  双子たちはキョトンとして辺りを見回した。  それから杖を振って詠唱する。  すると草花や水の精霊たちが、すうっと姿を現す。彼らは楽器をどこからともなく取り出して音楽を奏で始めた。流れるメロディに合わせて草花や木々も人のような顔をして歌いだす。  美しい音楽と楽しい気分になる歌声を聞きつけて小鳥やリス、うさぎ、小鹿、子ねずみたちがやってくる。蝶やみつばち、カマキリやてんとう虫もリズムに合わせて歌ったり、踊ったりする。そして音楽に合わせて思い思いにダンスを踊り始める。  曲を演奏し終えると精霊たちはお辞儀をし、空気に溶けるようにして姿を消した。彼らが姿を消すと草木や花々はもとの姿になり、動物たちや虫も帰っていく。 「かわいい!」「すごい、すごい!」と双子たちは喜び、はしゃいだ。  そうして午後のお茶会を楽しんだ。  僕は英雄の手がかりを探すために、ふたたび城下町へと足を運んだ。

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