23 / 65

第6章 新たな門出2

「ありがとう」  かわいい姪っ子の頭を撫でているとアルテミスの隣にいたアポロンが「えっと、えっと、」とズボンのポケットに手を突っ込んだ。 「ぼく、虫しゃん、あげりゅ!」  両手にいっぱいのダンゴムシを持ったアポロンは、どうだ、すごいだろう! と満面の笑みを浮かべた。  背後でギャアア! と悲鳴をあげるビルの声と「うるさいぞ」と彼を怒る兄様の声がする。  苦笑しながらダンゴムシを受け取り、お礼を言う。双子の妹のようにしてもらえるのをウキウキしながら待っている甥っ子の頭を撫で、立ち上がる。  義姉様は腰を屈め、幼い子供たちに微笑みかける。 「ルカおじさんに褒めてもらえてよかったね、ふたりとも」 「「うん!」」 「義姉様。アルテミスのとってきた花をテーブルに活けるのはどうでしょうか?」と提案する。  義姉様は「そうね、それがいいわ」と僕が手にしていた花を受け取る。  するとアルテミスは「わーい!」と両手をあげて大喜びした。  双子の妹ばかり褒められているのが、おもろしくないアポロンはムッとして「かあしゃま、虫しゃんもテーブルに置いて」と母親にねだる。 「ごめんね、アポロン。ダンゴムシさんはテーブルには置けないの。元いたところに返してきて」 「なんで?」と彼は不服そうに身体を左右に揺らす。 「だってダンゴムシさんにもおうちがあって、家族がいるもの。アポロンだって、いきなり知らない人におうちから遠く離れた場所へ連れていかれたら怖くない? 『おうちへ帰して』って思うでしょ?」  義姉様の言葉を耳にしてアポロンは、眉をへにょりとさせた。  僕は手の平で丸まっているダンゴムシを彼に見せる。 「ねえ、アポロン。ダンゴムシさんは怖いって思うと体を丸めて自分の身を守るんだ」 「本当だ」 「さあ、虫さんを元いた場所に帰してあげて」と義姉様が言えば、「うん」とアポロンは素直に返事をした。僕の手の中にいたダンゴムシたちを小さな手にのせ、大きなブナの木の下まで走っていく。その場でしゃがみ込み、丸まったダンゴムシたちを地面に置く。  急いで戻ってきたアポロンを「いい子だな」と兄様は抱き上げ、ふっくらと丸みを頬へと口づける。 「父しゃま、父しゃまアルテミスも!」 「わかったよ」と兄様は苦笑する。ジャンプをし続けるアルテミスのことも抱き上げて、彼女の頬にも口づけた。  義姉様はそんな双子たちの頬を指先で撫でてやる。  義姉様が子どもたちに微笑んでいる姿を兄様は優しい目で見つめている。  美しい光景に目を細め、彼らの姿を眺め見た。  今まで僕は薄暗い曇天の下を当てどなく歩き、冷たい北風に晒されているかのように心が冷え切っていた。だけど、急に日の光が差し込んで進むべき道が明らかになる。 「アポロン、アルテミス。ありがとう! お礼にルカおじさんが楽しくて可愛い()()を、かけてあげる。さっ、早く手を洗ってお茶の時間にしよう」 「「あーい!」」  元気よく双子は返事をし、兄様に手洗い場へ早く向かうように急かした。  兄様は双子たちを抱え、飛竜ごっこをしながら手洗い場へ走っていった。  義姉様はアルテミスの摘んできた花を活けるのに必要な花瓶を取りに、家の中へ入る。  髪の毛にたくさん花をつけられ、ゲッソリしたビルが「ルカ兄様、」と涙声で話しかけてくる。 「子どもって気まぐれで、悪戯好きの精霊みたいです。何を考えているのか、ぜんぜんわかりません!」 「ビルもあれくらいのときは、いろいろと悪戯をしていたよ。よく兄様秘蔵のお菓子を盗み食いして、僕の持っていた本に落書きをしたり、父様の使っているインクを全部ひっくり返していた」  拗ねた顔をしてビルは「そんなこと知りません。僕はもう疲れました」と姉様が作ったパウンドケーキを一切れ口に運んだ。 「こら、ビル! 小さい子もいるのに、つまみ食いをしちゃ駄目」 「だってー……」  おば様は僕らのやりとりに声を立てて笑った。  気まずそうにビルは口もとをハンカチで拭い、「アル兄様ひとりでは双子の相手が大変ですよね。ぼくも手伝ってきます」とそそくさとその場を退いた。  おば様は穏やかな笑みを浮かべ、僕に話しかけてきた。 「楽しみだわ。あなたの魔法を見られるのは、いつぶりかしら?」 「そうですね、兄様と姉様の結婚式以来でしょうか」 「もったいないわね、すてきな魔法なのに。それがあれば、王宮以外でもやっていけるわ」 「そうでしょうか? 学園では、あまり魔法の成績がよくなかったですし。実戦には向きませんから」  そうして僕は上着のポケットから杖を出す。目線をおば様から樫の木でできた質素な木の棒へと移し、じっと見る。  二、三分経つと陶器でできた花瓶に花を生けた姉様が帰ってきて、ビルや兄様と双子たちも席についた。  僕は兄様と姉様に双子を膝の上に乗せるようにお願いする。 「それじゃあ、森に住むみんなの力を借りてミュージカルを開こう!」  僕はみんなの拍手を耳にしながら杖を振る。  ポンッと音を立てて庭先に切り株が現れる。 「アポロン、アルテミス。森に住む動物や精霊たちは、みんな恥ずかしがり屋さんだから静かにしてね。お約束だよ」 「「あい、おじちゃま!」」 「この木の切り株が舞台。ここに近づくと危ないから、父様と母様のお膝の上で見ていてね」  双子たちはキョトンとして、辺りを見回した。  それから杖を振って詠唱する。  すると草花や水の精霊たちが、すうっと姿を現す。彼らは楽器をどこからともなく取り出して音楽を奏で始めた。流れるメロディに合わせて、草花や木々も人のような顔をして歌いだす。  美しい音楽と楽しい気分になる歌声を聞きつけて小鳥やリス、うさぎ、小鹿、子ねずみたちがやってくる。蝶やみつばち、カマキリやてんとう虫もリズムに合わせて歌ったり、踊ったりする。そして音楽に合わせて思い思いダンスを踊り始める。  曲を演奏し終えると精霊たちはお辞儀をし、空気に溶けるようにして姿を消した。彼らが姿を消すと草木や花々はもとの姿になり、動物たちや虫も帰っていく。 「かわいい!」「すごい、すごい!」と双子たちは喜び、はしゃいだ。  そうして午後のお茶会を楽しんでから、僕は英雄の手がかりを探すために、ふたたび城下町へと足を運んだ。

ともだちにシェアしよう!