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第9章 ギャンブル2
やはりゴブリンたちの中でも一際ガタイがいい分、頭が回り、甘い言葉にのってくることもないか。
「非常に残念でなりません。でしたら、せめて僕を人質にしていただけませんか? 僕のことを救わなかった両親への仕返しをしたいのです。クライン家を没落させ、使用人もひとり残らず路頭に迷うよう、ご助力いただけませんでしょうか?」
「そいつぁ、いい!」「捕まえた高貴な人間を人質にして、金をぶん取るのは王道の中の王道だ!」とゴブリンたちは、七匹のゴブリンたちから酒瓶を取り上げる。瓶に口をつけ、ラッパ飲みをする。
「ほう……家族を売るのか。その弱々しい容姿に似合わず、悪魔のようなことをするのだな。恐ろしいやつだ」
僕は自信満々に笑みを浮かべる。
「家族は、エドワード様のことをよく思っておりませんでした。ですが僕はエドワード様のお心を取り戻せるのなら、悪魔魔王様の配下に魂を売ります。お手伝いいただけますか?」
楽しそうにビックゴブリンは酒樽を持ち上げ、酒樽の栓を外す。そして一気飲みをして、空樽を僕のいる方へ投げ捨てる。ガシャーン! と音を立てて木組みが壊れ、木の破片が僕の肌を掠め、血が飛ぶ。
ビックゴブリンは口元を乱暴に手の甲で拭って馬鹿笑いをした。
「なるほど、腐っても王の一族に連なる者。小賢しいことを考えるのは、お得意ということか」
「ええ、魔王様を封印した勇者の力を借り、王座を手に入れた者たちの子孫でございますから」
「おまえの両親も、まさかあれほど溺愛してきた愛息子が愛に溺れ、このような馬鹿なことをするとは思うまい! 今も、呑気におまえの安否を心配し、おまえが逆恨みしていることなぞ知らぬだろう」
「はい、ご名答です。こちらの要求も、すぐに飲むでしょう。いかがでございますか?」
「ふん、たしかに利にかなっている」
気分よさそうにビックゴブリンが返事をする。
ゴブリンたちは、さっきまで気落ちしていたとは思えないほどに、機嫌よく大はしゃぎした。
「親分、さっそくクライン家へ伝書鳩を送りやしょう!」
「脅迫文を書かねえとな」と文章を得意であろうゴブリンが筆ペンとインクを取り出した。
「しかし、伝書鳩では時間がかかってしまいます。そもそも王様が僕をクビにしたとは言っても、僕の両親や兄弟は、今でも僕を大切に思っております。人質交渉が失敗でもすれば、僕の父はさぞ怒り狂うでしょう。兄に命令し、兄の部隊がイワーク洞窟まで押し寄せ、ビックゴブリン様の部下殿の命を、根こそぎ奪うやもしれませんよ」
するとゴブリンたちは、ピタリと動きを止め、ビックゴブリンの方へ視線を投げかけた。
「それは面倒くさい話よな。魔王様が復活していないのに、先にこちらが討伐されては、じつに困る」
「ですからビックゴブリン様が僕の全財産を、今すぐにでもお手にすることができる安全な方法をお教えいたします」
ざわりとゴブリンたちが色めき立つ。
それでもビックゴブリンは用心深く、僕の真意を探る。
「そのような上手い話があるものか。何を考えている?」
「いいえ、ございます。どうせ僕はここで命尽きる者。ならば、最期に皆様と楽しい時間を過ごしたいのです」
「へえ、で、何をするつもりだい?」
ビックゴブリンは僕に対して疑惑の目を向けるが、彼の部下であるゴブリンたちは、僕の話に乗り始める。
「ギャンブルでございます」
「ギャンブルだと?」とビックゴブリンは、いよいよ目を細め、僕のことを見定めるような目つきをする。身がすくむ思いをしながら、僕は落ち着けと自分に言い聞かせて笑顔で接する。
「はい、賭け事です」
「馬鹿を言うな、あれはフェアリーランド王国では違法とされているだろう!」「そうだ、賭け事なんて人間たちの考えた愚かな遊びだ!」とゴブリンたちは次々にブーイングをあげる。
酒瓶やテーブルの上にあった食べ物が僕の方へ、むやみやたらに投げつけられる。
歯を食いしばって痛みにたえながら、僕は彼らに提案をすることをやめない。
「はい、王様が厳罰に処すと法を定めました。しかし人間は、かくも愚かで業の深い生き物。やめろと言われて、たやすくやめられるのなら苦労はしません。そもそも皆様は人間でなく、魔物崩れの妖精。人間の定めた法が適用されましょうか?」
「それもそうだな」とゴブリンたちは互いの顔を見合わせた。
「勝者は、一夜にして王族に負けぬほどの財を手に入れ、敗者は無一文となりすべてを失う。ギャンブルを行う人間は、リスクとスリル、そして一握りの者しか手にできない勝利と希望に、生きる喜びを見出すのでございます。それは甘露な美酒と同じように魅力的なものです。一度味わえば病みつきになるそうですよ」
すっかりゴブリンたちは僕の言葉に耳を傾け、生唾を呑み込んだ。
「おい、そいつをさっさと始末しろ。今すぐにだ」
何かを感じとったらしいビックゴブリンが、僕を殺すようにゴブリンたちに命じた。
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