39 / 112
第9章 ギャンブル1
*
盃に、なみなみと注がれた酒をビックゴブリンは、喉がカラカラに乾いた旅人が水を飲むように、次々と飲みほしていく。
七匹のゴブリンたちは、ビックゴブリンや、他のゴブリンたちの気分をよくしてやり、どんどん酒を飲ませる。テーブルの上には空の酒瓶がところ狭しと置かれ、岩の地面に空の酒樽がいくつも転がった。
「だいぶ酔いが回ってきたな。もっと酒を注げ!」
「はいはい、じゃんじゃんお飲みくださいねー」
パープルは、ビックゴブリンが持つ金の盃に、赤ワインを注いだ。
「で、親分。あの人間をどうするおつもりで?」
酔いの回ったゴブリンが酒の肴である鶏肉を引きちぎり、口へ放り込みながらビックゴブリンに尋ねた。
ビックゴブリンは、七色に光るダイヤモンドを手に取り、燭台の火にかざして、まじまじと見つめる。
「そうさな……そいつを折檻するか、拷問にかけろ。痛みを与え、もっと金や宝石を出させるんだ」
「お待ちください。そのような方法を取らずとも、よい方法がございます」
僕が口を開けば、千鳥足のゴブリンが混紡を手に持ち、ゾロゾロと集まってきた。
「なんだぁ、下等な人間の分際で口答えする気か?」
「そうだ! 今すぐてめえを殺してもいいんだぞ!?」
「まあ、待て」とビックゴブリンが赤い木の実を口へ運び、咀嚼する。
「どうせ最後には始末する。適当にしゃべらせてみるのも一興だろう」
ゴブリンたちは「それもそうか」と大声で笑う。
「さて人間、おもしろい話でも聞かせてもらおうじゃないか?」
「おもしろい話かはわかりませんが……僕は王族の血を引く人間です。クライン家のルキウスという、しがない者でございます」
「クライン家のルキウス!」とビックゴブリンは鼻息を荒くし、急に立ち上がった。
「ルキウス? ルキウスってなんだ?」
「あれだよ、第三王子のエドワードの元・愛人とかいう」
「あいつか、あまりにも不細工で捨てられた、男しか好かない変人っていうのは」
「へえ! たしかに、あの容姿じゃなあ」
「ああ、まるでドラゴンみたいな色をしていて気味が悪いよな。おまけに痩せぎすで、顔はそばかすだらけと来た! ありゃあ、好色なオークやトロールたちだって駆け足で逃げていくな!」
「なんでもクビになって、王に王宮を出入り禁止にされたらしいぞ」
ゴブリンたちが、これ見よがしに噂話をし、嫌らしい笑みを口元に浮かべた。
「それは、それはお労しい。ヤケクソになって、このような場所へいらっしゃたのでございますか?」
一匹のゴブリンが僕の肩を容赦ない力で叩き、ニヤニヤ笑った。
「そのようなものでございます。僕の愛したエドワード様も、悪魔を信奉しているとのこと。ですから、ビックゴブリン様の手下となり、僕をこのような目に遭わせた王様たちへ復讐をしたいと思い、ここへ足を運んだ次第です。しかしながら、道中で七匹のゴブリンに捕まり、『命が惜しくば金品を出せ』と催促されたのでございます。
どうかビックゴブリン様、卑しい僕をあなたの配下にしていただけませんか? さすれば王宮の守りから財物のありかも、すべてお教えします。さすれば魔王様の復活を早めることもできましょう」
するとゴブリンたちは、こんな上手い話はないと僕の話に食いつき、嬉々としてビックゴブリンへ話しかけた。
「親分、こいつの言っていることはもっともですよ」
「人間の中でも裏切り者がいる方が、魔王様が復活したときに動きやすくなりやすぜ!」
「しかも王宮を攻め滅ぼす攻略法だけでなく、金品のありかまで喋ると来やした」
「そうですぜ。こいつを奴隷にでもして、おいらたちの世話係として飼いましょう!」
しかし、ビックゴブリンは顎に手をやり、僕のことを射殺さんばかりの視線で観察する。そして見下すような目つきで僕のことを見下ろした。
「残念だが、ルキウス殿。貴殿の申し出を受け入れることはできぬ」
「そんな親分!」と手下のゴブリンたちが悲しそうな声を出s。
「おまえたち、もう忘れたのか?」
ビックゴブリンは冷ややかな目で、手下のゴブリンたちをグルリと見回す。
「魔王様も、魔王様に付き従っていた魔物や魔獣、悪魔、妖精の類は、かつての戦でどうなった? 人間に騙されて負けたのだぞ」
途端にやんや、やんやと囃 し立てていたゴブリンたちは、しんと静まり返った。
「おまえたち人間は、じつに信用ならない。どこまでも身勝手で冷酷、無慈悲な存在だ。敵と見なせば同族を殺すことも厭わない。親、子、友だち、伴侶だろうと容赦なく叩き潰し、手にかける。この世で一番恐ろしく恥知らずな生き物だ。ゆえに貴殿の言葉は信用できないな。
信じた途端にこちらの寝首をかかれるのは、御免こうむりたい。まして俺の配下にするなど、そのような危険な真似はできぬ。貴殿のおかげで部下を一網打尽にされては、たまらないからな」
ともだちにシェアしよう!