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第9章 ギャンブル4
僕は二十二杯目を震える手で持つ。
ちらと横目で見れば、ビックゴブリンは二十一杯めに口をつけていない。
「どうやら賭けは僕の勝ちのようですね?」
「ほざけ!」とビックゴブリンが負け惜しみのごとく怒鳴り散らす。
「これくらいで勝ったと思い上がるなよ!」とグラスの中の液体を一気飲みする。
やりきったと笑みを浮かべてビックゴブリンは、そのまま後ろへ倒れた。
「ワン」「トゥー」「スリー」と七匹のゴブリンと美女がカウントする。
「クライン家の坊やの勝ちだね!」と美女が宣言し、僕の手を取り、上にあげる。
「クソッ! 何か卑怯な手を使ったのだろう!」と意識を取り戻したビックゴブリンが悔しそうに歯嚙みした。
「寝言は寝ていいな。負け惜しみもいい加減にしなよ!?」とビックゴブリンにピシャリと言いのける。
「この賭けは、あんたら、ゴブリンの負けさ。そいじゃ……お代を払ってもらおうかい!」と美女が声高らかに叫んだ。
スロットはミミックのように大口を開け、ゴブリンたちにバクリと嚙みつき、呑み込んだ。
ルーレットが勢いよく回転し、周りにいたゴブリンたちを吸引する。
カードゲームをしていたゴブリンたちの身体中にカードが張り付き、身動きが取れなくなったかと思うと、ゴブリンの身体がふっと消え、ゴブリンの絵が描かれたカードが床に落ちる。
ビックゴブリンが動揺する。
「なんだこれは!」
「約束しただろう、旦那?」と美女たちはビックゴブリンに微笑んだ。
「な ん で も 賭 け る って」
「だからお代として、あんたたちの身体を賭けの代金にさせてもらったよ」
「なんだと!?」とビックゴブリンが飛び上がる。
「何も命を奪おうなんて言わないよ」
「ああ、あんたたちの命を奪ったって、あたしらの儲けには、これっぽちもならないからねえ」
「だから、あんたたちにはあたしらのところで、下働きしてもらうよ!」
「あんたらは七匹のゴブリンと違って、働かなそうだからねえ……クライン家の坊やが払った賭けの代金を払うのに三百年ばかし、かかりそうだ」
「三百年!」とビックゴブリンはガタガタと身体を震わせた。
すると女性たちは放心状態になっているビックゴブリンのことを嘲笑った。
「当たり前だろ! クライン家の坊やはギャンブルに勝ったのに、なんの報酬ももらえないんだよ」
「あんたらゴブリンは人間から奪った金品で、飲み食いしただろうが!」
「だったら、あんたらが身体で払う以外に方法はないだろ?」
ビックゴブリンは悔しそうにドンドンと赤い絨毯が引かれた床を拳で叩きつけた。
「貴様、よくも、よくも……っ!」
「ビックゴブリン様、僕が勝ったのですから、もう二度と人間を襲わないと誓ってください。そして、お姉さんたちの手伝いをしながら、自分たちの過ちを悔い改めるのです」
「うるせえ! 約束なんてした覚えはねえ!」
「ビックゴブリン!」
「てめぇら全員ぶっ殺してやる!」
混紡を手に取り、ビックゴブリンは大暴れする。
女性たちが悲鳴をあげ、逃げ惑う。
七匹のゴブリンはそれぞれ武器を手に取り、ビックゴブリンに立ち向かう。
「インディゴ、お願い!」
「はい、ストップ!」
インディゴの状態異常がかかったビックゴブリンは石にでもなったみたいに動きを止めた。
僕は酒によって呂律の回らなくなった舌で、詠唱を始める。頭がひどく痛み、今にも意識が飛んでしまいそうになり、足元がぐらつく。
ビックゴブリンは「お……の……れ……」と首をギギギと動かす。世にも恐ろしい形相で僕たちを見据える。
「お急ぎください! インディゴの術が解けますよ」
「貴様らあ!」と術の解けたビックゴブリンの棍棒により、七匹のゴブリンたちは吹き飛ばされ、ポン、ポンと音を立てて姿を消していく。
「坊や、危ないわ!」と女性たちが悲鳴をあげる。
僕はすかさず飛び退き、既のところでビックゴブリンの攻撃をかわす。
「人間、おまえの手足を人形のようにもぎ、酒漬けにしてくれる!」と僕を追いかけ回してくる。
ちょこまかと逃げるが、遂にビックゴブリンに退路を塞がれ、首根っこを捕まえられる。
「小癪なやつめ、覚悟しろ!」
「その言葉、そっくりそのままお返しします!」
「何!」
ビックゴブリンが叫ぶと同時に巨大な拳がビックゴブリンの頬へクリーンヒットした。
僕は床へ着地する。
ビックゴブリンは無数の鎖によって宙吊りにされていた。
古 の時代、『裁定』を司っていた南国の神が出現する。ビックゴブリンを遥かに凌駕するほどの巨体である『裁定』の神は無表情のままビックゴブリンを見つめる。
「神よ、この悪しき魔物へ判決をお下しください!」
「――懲役刑」
判決が下されるとゴブリンの身体は、空いた酒瓶の中へ引き込まれる。ひとりでに酒瓶の蓋が閉じられる。
お礼を言うよりも早く『裁定』の神が姿を消した。
「大丈夫かい、坊や。怪我は……」と物陰に隠れていた美女たちがやってくる。目に涙を浮かべ、僕の身体に怪我がないかを確かめた。
「大丈夫ですよ、皆さんは平気ですか?」
「当たり前さ、あたしらはなんせ幽 霊 なんだからね」
「まったく、なんでこんなことをするんだい? 頼むから、あたいたちを悲しませるような真似をしないでおくれ」
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