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第16章 失いたくないもの
僕らは城門から出ていった。
箱馬車をマックスさんが摑まえてきてくれた。
先に僕が入り、後からマックスさんが身をかがめて中へ入る。対面する形で座ってクライン家へ向かってもらう。
マックスさんは無言のまま神妙な顔つきで頬杖をつき、窓の外の風景を眺めていた。
厚い雲で月も、星も覆われてしまった夜道を光の魔法がかけられたランプが照らす。
「マックスさん、怒っていますか?」
「ああ、怒っている」
彼が僕の方も見ずに答えた。
「単身でエドワード王子に会うなんて自殺行為と変わらないだろ。もし暗殺部隊が待ち変えていたらどうする。偽の神子と結託して、おまえに危害を加えたかもしれない。考えなかったのか」
真面目な顔つきをしたマックスさんが、こちらに顔を向ける。
「なんでオレに声を掛けなかった」
「僕は今、マックスさんのパーティの一員であると同時に恋愛関係にあります。それをあの方が知れば話がややこしくなるだけです。そうすれば、あの方に聞き出すことができなくなってしまいます」
「何をだよ?」
「玉座を求めたこと、刺客を送ったこと、クライン家を陥れこと、ノエル様のこと、僕を捨てたこと……全部です」
マックスさんが眉を顰める。
「エドワード王子が嘘偽りなく答えると思うか? そもそも彼は、おまえや偽の神子のように、やり直す前の時間軸のことは覚えていない。意味がないぞ」
「わかっています」
「だったら、どうして? 英雄をさがせなくなったら――死んだらどうする?」
そう喋るマックスさんの語気に勢いはなく、わずかに震えている。泣き出す前の子どものように、ひどく不安定な顔つきをしていた。
「死ぬつもりはありません。あの方に未練がある訳でもないです」
「だったら!」
「それでも、命懸けであの方に訊きたかったんです。『どうして?』と。答えがほしかったんです」
「答え」
新種の動物を初めて目にしたような目つきで、マックスさんが僕のことを観察する。
僕は目線を落として痣ができ、痛む手首をさすった。
「正解を求めていた、ということか?」
その言葉にゆるく首を振る。
「学院の試験のように決まりきった答え、模範解答があれば楽だったと思います。ですが僕が頭の中で描き、彼に求めていた言葉を聞き出して満足、というものではありません」
「じゃあ何を求めた?」
「彼の口から直接何を思い、何を考えたのか、どうしてそのような行動を取ったのかを仔細に訊きたかったんです。あの方は権謀術数を使い、嘘をつき、人を騙し、陥れます。それでも僕が今まで見てきたエドワード様が、すべて嘘だと思いたくなかった。わずかにでもそこに真実や嘘偽りのない心があったと思える裏づけが、事実がほしかったんです。
彼に対しての怒りや憎しみ、恨み、悲しみ。そういった負の感情と折り合いをつけ、決別するために。前に進むために、どうしても知りたかったんです」
くっきりと痣のできた両手をマックスさんが手に取る。
「だとしても、あんなむちゃは二度とやめてくれ」
彼は額を僕の手につけた。嗚咽を漏らすように語りかけた。
「オレは万能じゃない。剣士を名乗っているのは魔法を使えるが得意じゃないからだ。転移魔法や治癒魔法はてんで駄目。時をわずかに巻き戻すこともできない。
おまえが大切な人たちを守りたい、失いたくないと思うようにオレもおまえを守りたいし、失いたくないんだよ。……おまえのいない世界で生きていけない。ルキウスが隣にいない未来はいやだ」
ひどく悲痛な面持ちをして、駄々をこねる子どものようなことを言う。普段の彼らしからぬ弱気な姿勢だ。
それなのに僕は彼が愛しく思えた。
「ごめんなさい、マックスさん。二度とこのような真似はしませんから。悲しまないで」
「本当か?」
「はい、お約束します」
そうして彼とともに父様や母様が待つ館へ帰った。
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