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「オーナーって、まさか……」  あの老夫婦のオーナーのことを思い出し、血の気が引いた。 「大丈夫なのか……っ?!」 「……今のところは外傷はない。眠らされていただけのようだ」 「……っ、そうか」  良かった、と喉元まででかけて、はっとした。 「俺じゃねえぞ!」  まさかそれで黙って俺を疑っていたのではないか。そう思い、慌てて声を荒げれば、馬場は苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらを睨んだ。 「……正直、信じられない」 「お前……」 「けど、確かに今朝、お前を拘束して部屋に転がしたとき、馬場はオーナーたちと会っていた」 「……それで、風呂場の鍵を借りた」それからずっと二人は俺といた。その一時間もない間、馬場は大浴場の鍵を返そうと管理人室へと向かった。  そこで、倒れてる二人を見つけたという。  そして、マスターキーがなくなっているのも見たらしい。 「……オーナーたちの件については、お前が犯行に及ぶのは不可能だ」 「……っ、! お前、ようやくわかったのかよ……っ!!」 「けど、実際にあの晩襲ってきたのはお前だろ! 管理人室のことは確かに別人かもしれねえけど、高田のことだってまだお前の可能性はある!」  ここまで来てまだこいつは俺の犯人説を疑っているというらしい。どんだけ頭でっかちなのだ。  謝罪どころか開き直る馬場を一発ぶん殴ってやりたかったが、確かに昨夜のことを言われればなにも言えなくなる。  けれど、これは好機ではないか。  この男と分かり合いたいと微塵も思うわけではないが、それでも俺が犯人ではない証拠――と呼ぶには弱いが、まだ俺には情報があったはずだ。  少なからず、この男はただのクソレイプ魔野郎であって人殺しではない。 「……なあ、お前は高田の死体は見たのか」 「ああ?」 「だーかーらっ、高田の死体! 別館? に放置されてんだろ? ……久古の死体と」  なんでお前がそんなことを知ってるんだ、と言いたげな目をしてこちらを睨む馬場だが、俺の言葉に渋々「だったらなんだよ」と吐き捨てるように口にした。 「まさか、妙な真似したんじゃねえだろうな」 「ちげえよ、その逆だって! ……お前、その調子じゃ知らねえのか」 「知らねえって、なにが」 「高田の死体、俺が見たときなくなってたぞ」  そう口にした瞬間、馬場の目が大きく見開かれるのを見て『単刀直入すぎたか』と後悔した。  が、俺もこいつも恐らくまどろっこしいものは嫌いなはずだ。 「……どういうことだ、それ」 「そのままだ。気になるなら見てこい」 「お前がなんかしたんじゃねえのかよ!」 「してねえよ! してたらいちいちご丁寧に言うかっての!」  つうか声でけえよ、という俺の声までデカくなってしまうがどうしようもない。  コメカミを指で抑えた馬場は、自分を落ち着かせるように息を吐く。そしてふらりと立ち上がったかと思えば、そのまま机に近付いた。なにかケースを取り出し、そのまま机の上に置きっぱなしになっていた水の入ったボトルを喉奥へと押し流すのだ。  ――どうやら薬のようだ。  それを口にした馬場は再び息を吐き、そのまま部屋を出ていこうとする。 「おい、どこに行くんだよ」 「見てくる。……少しでもそこから動いてみろ、また地下にブチ込んでやるからな」 「……お前な」  ふん、と馬場は部屋を出ていき、そして乱暴に扉を閉めた。  なんなんだ、あの男は。  腹が立ち、俺は八つ当たり代わりに扉を蹴ろうとしたが、玄関の方まで行くのに疲れてやめた。  けれど、今のやつとの会話でなるほどと納得できる部分もあった。どうやら俺にほんのミリ程度優しくなったのは犯人ではないとわかったからか。全く話を聞いてすらくれなかったやつを知っていただけに、わざわざ確認しに行くあの男のことを考えると馬鹿正直なやつだとも思う。  しかし、俺がここに置いてもらっているのも風呂に入れられたのも、管理人夫婦が襲われたからではない。その分はやはり、徳永が関与してるのだろうか。  そんなことを考えていると、扉の向こうからバタバタとやかましい足音が近付いてくる。  誰なのか、確認せずともわかった。そして乱暴に開かれる扉、現れたのは案の定馬場だった。 「っ、どこに隠した、吐け!!」  ……前言撤回、こいつはまだ人の話をちゃんと聞く気はないようだ。  兎にも角にも、このままじゃ話になんねえ。 「いい加減に……っしろ!」  半ばやけくそに馬場に頭突きを喰らわせれば、どうやらいいところに的中したようだ。骨同士がぶつかるような、脳味噌全体揺さぶるような震動とともに、「う゛ッ」という馬場の小さなうめき声が聞こえた。 「テメェ……っ! よくも……」 「うるせえ! 普通に考えて、俺が犯人だったらわざわざお前に教えてやるわけねーだろ!」 「ああ?! なんでだよ! 俺への嫌がらせじゃねえのかよ!」 「嫌がらせだったら、尚言ってやんねえよ! つうか、わざわざ自分からこれ以上疑われるような真似するわけねえだろ!」 「……、……ッ!」  こいつ、とうとう黙り込みやがった。  暫く睨み合ったのち、先に折れたのは馬場だった。ベッドをソファー代わりに腰を下ろした馬場は、そのまま顔を両手で覆っては深く息を吐く。 「……っ、だったら、なんなんだよ」  この男相手に同情するつもりはないが、こいつもこいつで知人を亡くしたのだと改めて気付かされるようだった。 「……少なくとも、お前は俺の中じゃ白だな」  そうぽつりと口にした途端、掌の隙間からやつの目がぎょろりとこちらを向いた。 「あったりまえだろうが……ッ! というか、お前、」 「あーッ! うるせえ、良いから俺の話たまには聞け!」 「っ、んだと、偉そうに……」  ぶつくさ言いながらも一応は聞いてくれるらしい。そのままベッドの上で胡座を組み直す馬場はこちらを睨んでくる。  偉そうなのはお前だ。 「お前が高田の死体を確認したのはいつだ?」 「……そんなの、見つけた直後……それから運んだあとだ」 「あの死体安置部屋には行かなかったのか」 「何度か行った。――久古とかいう男も運んだときに、高田の遺体を見た」  そうか、この男が久古を運んだのか。  腹立つが、少なからず遺体自体が血で汚れてなかったのを見ると綺麗にしてくれたのかもしれない。 「見たっていうのは……」 「シートの上からだ。……やすやすと直接見れるもんじゃない」 「……」  まあ、それもそうだ。俺も会いたがってはいたが、それでも気楽に覗けるものではない。それなりの勇気が必要になってくる。 「お前が嫌がらせのためじゃないってんなら、一体どこのどいつが、誰のために高田を連れ行ったって言うんだよ……ッ!」  苛ついたように髪を掻きむしる馬場。  やはり、こいつは高田とかいうやつのことになると取り乱すようだ。 「なあ……お前と高田はどういう関係なんだ?」  それは興味本位だった。  尋ねれば、馬場が眼球だけを動かしてこちらを見る。またどやされるかと思って身構えたが、思いの外馬場はおとなしかった。  そのまま、しゅんと視線を自分の足元へと戻す馬場。 「あいつは……いつだって俺に優しくしてくれた」  ぽつりぽつりと語られるその内容は、ただの友人に対するものとはやや重たい内容だった。  どうやらこいつのこの思い込みの激しさも、今回ばかりの異常事態に限ったわけではないようだ。  故に、周りと確執ばかり生まれてしまうこの男の数少ない友人だったのが高田と徳永だったようだ。  それでもやはり、聞いていると徳永に対する感情よりも高田に対する感情は大きいようだ。あまりにも思い出語りが長かったので割愛するが、俺はなんだか限界に近いストーカーの話を聞いているような気分になっていた。 「お前……高田のことが好きだったのか」 「ちげえよ!」  即答だった。食い気味の上に胸ぐらを掴まれる。 「俺は、あいつのことをそんな目で見てたわけじゃない……っ、それに、俺みたいなやつがあいつの隣に並べるわけ無いだろ!」 「うるせ……ッ、おい唾飛ばすな!」 「飛ばしてねえよ!!」  なんなんだこいつは、さっきまでしおらしかったと思ったら、もう元通りではないか。  クソ、もう少ししおらしいままでいろよ。  けど、だとしたらますます高田の死体が消えた理由がわからない。  もしかしたらこいつが変態で、高田の死体ごとどこかに隠している線もあるのではないかと思ったが、先程のあれっぷりからしてその線は薄いだろう。 「どういうことだ……?」 「お前こそ、まだなんか隠してんじゃねえのか? 人にばっか聞きやがって」 「隠すって……あ」  そこまで言いかけて、俺は直前のことを思い出す。 「そういや、徳永と死体安置部屋に行く前……電気が点いてて、窓が開いてるってなってたな」  そう口にした途端、馬場が動きを止めた。  数秒静止した後に、そのままがっちりと両肩を掴まれる。 「……絶対それじゃねえかよ!!」  声、でっか。 「なんで黙ってたんだ?! つか徳永とってなんだよお前!」 「いや気付いてなかったのかよ。元々俺は徳永に協力してもらってたんだよ」 「ああ?! じゃあやっぱ犯人か?!」 「犯人じゃねえかもって言ったのはお前だろうがよ!」 「そこまでは言ってねえよ!」  ……言ってなかったか。  いやこの際はどちらでもいい。徳永も今回の管理人のことについては無関係なことには違いないだろうし、俺は取り敢えず興奮のあまり酸欠起こしかけていた馬場に水を飲ませ、落ち着かせることにした。  そして。 「正直、今の状況だとやっぱ誰かがこのペンションの中出入りしてる説濃厚じゃねえか? それに、なくなったんだろ? マスターキー」  それって冷静に考えずとも相当やばいことには違いないだろう。  馬場は胡座を掻いたまま、項垂れていた。相変わらず情緒が安定しないやつだ。 「……お前、さらっと流したけど……なんでそれを俺に言った?」 「ああ? なにがだよ?」 「……徳永のことだ。じゃああいつの怪我も、自作自演ってことだろ」  地下にいた俺が、一人で抜け出せるような拘束ではなかったことはこいつ自身が一番よく知っている。  だからこそ、徳永が協力者だと言ってもキレられつつも納得した顔の馬場だ。そうなるとやはり、昨晩のあれこれがこいつの中で引っかかってくるらしい。 「まあそうだけどよ、別にお前犯人じゃねえっぽいし……お前が俺を疑わねえっていうなら話すよ!別に」 「……」 「だからって、別に許したつもりは毛ほどもねえけどな。……けど、今回の犯人、絶対捕まえてねえのは俺も同じだし」 「……フン」  フンってなんだよ、フンって。  そっぽ向く馬場に呆れながらも、言い返してこないということは少なからず同意見ということだと思うことにした。

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