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第2話 予想外の再会

 本家の星野原学園は県南部の賑わった場所にあるんだけど、全寮制にするにあたり新しい校舎は北部の山間部に新設された。でないと殆どの生徒が県南に住んでいるのに寮を作る意味がない。  ごく一部の進学校では早朝から勉強に専念させるために全寮制を取っている場合もあるが、この学園の場合そこまで勉学のみに固執してはいない。おおまかにいうと「生徒の自主性を伸ばすため」に寮を作ったらしかった。  寮は、当たり前だけれど何もかもがぴかぴかの建物だった。二階建ての長細い建物の一階部分に食堂や風呂や図書室などの共用部分と共に一年生の部屋が並んでいる。  ドアの横の壁に二人分のネームプレートがあり、自分の名前の上に『栗原智洋』と印字されているのを確認してから俺はそっとレバーを倒してドアを押し開いた。荷物を抱えたまま中に入る。 「おー。先に机とか決めちゃったけど構わねえよな? 初めまして、これから一年同室の栗原智洋(くりはらともひろ)だ。好きに呼んでくれ」  ざっくりと片付け終わった様子でキャスター付きの椅子に腰掛けていたやつがくるんと体ごと振り向いて笑い掛けてきた。 「うん。別にどっちでも一緒だしな」  当然何もかもが新品なので比べる意味すらない。  部屋の中央部分を通路として空けるようにして最奥に掃き出し窓がある。窓際の壁につけるように棚付きの勉強机があり、腰掛けたら背中合わせになる具合だ。  その手前にロッカー、そして引き出しや棚の付いたベッド。全てが両側の壁にくっつけて並べてあり左右対称なだけで全く同じものなのだから。 「よろしくな、俺は霧川和明。俺も適当に呼んでくれたらいい」  荷物をフローリングの上に直置きしてからもう一度同室者を見て笑顔を作った。 「おう。じゃあ遠慮なく和明って呼ばせてもらう」  かなり明るい色の髪を軽く額の中央で纏めるというツッパリ風のヘアスタイルの割に人懐こそうな同室者は、にっと笑って親指を立てた。 「了解、智洋」  俺もぐっと指を立てて答えると、二人して声を立てて笑いあった。  荷物の整理をしながら雑談をしていて、軽く家族の話になり、互いに同じ年の姉貴がいることが判明。そこからはもうお決まりの姉という傍若無人な存在に対する愚痴の嵐だった。  そのおかげでか短時間で意気投合した俺たちは、昼の音楽と共に「寮生は全員食堂に集合―! 食事しながらでいいから初顔合わせするぞー」との砕けきったアナウンスに導かれて、玄関ホールのすぐ脇の食堂へと移動した。  アナウンスが入った時には既に二人とも荷解きが終わっていたのとすぐに行動したせいもあってか、食堂に入ると中には新入生らしき数人がばらけて着席していた。  そのうちの一人に我が親友殿も居る。中学の頃と同じように一番奥まった窓際に一人でぽつんと座っていたので、俺もトレーの上に色々な料理を載せてからそのテーブルへと向かった。  当然のように智洋も付いて来て、入り口が良く見えるように俺が携の隣に智洋が更にその隣にと腰掛けた。 「携、俺と同室の栗原智洋。こっちは同じ中学出身の氷見携な」  それぞれに紹介すると、さっきと同じように智洋の方は笑顔で軽く会釈し、携はやや口角を上げてうっすら笑みのようなものを浮かべて頷いた。  そうそう、慣れたから忘れちまってたけどこういうやつだったよ……。  中学ん時も女子にはキャーキャー言われてたけどホント愛想がなくて「でもそんな所が素敵!」なんつータイプだったんだ。一歩踏み込んでみると、仁義に厚いっていうか裏切らないやつだって判る。そこまで根気強く付き合えるかどうかが鍵なんだけどな。  しかし本当に食いながらでいいんだろうか……。  きょときょとと周りを見回してみると、他のテーブルでは一応トレイを置いてはいてもお茶を飲んでいるくらいで手は付けずに指示を待っているようだ。最後に隣を見ると、音も立てずに携の食事は半分くらいが消えていた。  うん、相変わらずのマイペースっぷりだ。俺も腹が空いてるからそれに倣う事にし、智洋も多少迷っていたようだけど同じように箸を手に取った。  豚の生姜焼きにたっぷりのキャベツの千切り。具沢山の味噌汁にお代わり自由の玄米入りご飯。沢庵にタコとワカメの酢の物、黒胡椒の効いたジャガイモとキノコ類の炒め物。流石に高校生男子を対象としているだけあって、どれも大盛りだった。  せっせと箸を持つ手と口を動かしながらも、視線はちらちらと入り口を彷徨っている。  全員集合ならこんなに良い機会はない。あの人がもしも寮生なら、今日すぐにでも見つかるはずだ。まあ本校に残っている可能性の方が高いからあんまり期待はしないでおこうと思いつつも、チェックは怠らない。  はっきり顔を覚えているわけではないけど、携は流石にちゃんと見ているだろうし、それらしき人物が居たら確認してみようと思っていた。  つうか、今更だけど……どうして携までこっち受験したんだろ。勉強に付き合ってくれたのは嬉しかったけど、てっきりそのまま清優で進級すると思ってたのに何故か一緒に受験手続をしていてて、俺が受かるくらいだから当然合格していた。  あの時は自分のことでいっぱいいっぱいで、不思議には思っても深く追求しなかったんだ。だからって今更訊きにくいよなあ……。  既に食べ終えて温かい番茶を啜っている隣の美男子(ハンサム)に目を遣ると、ん? と視線が合った。  どうしたという風に軽く首を傾げるので、口の中にポテトがあるのを良いことにむごむごと言葉にならない声を発して慌てて視線を出入り口に戻した。  なんか心臓どくんどくんいってっし……落ち着け俺。別に疚しいことなんて何もねえぞ。  心の中で自分に言い聞かせていると、もう殆ど満席になっているテーブルに向かい合うように、今しがた入って来た二人連れが並んで立った。教室のように教壇があるわけじゃないけど、そこはテーブルとカウンターの丁度間になっていて、皆の視線が集まりやすい場所だった。 「ほぼ全員着席しているようなんで……」  口を開いた栗色の髪の人を見て、俺は漏れそうになった叫びを押し込めるように両手で口を塞ぐ羽目になった。

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