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第5話 どっちも気になる、かもしれない
長い廊下を俺の部屋の前を素通りしてずんずん奥へと進む携。一番奥まで来てようやく室内に押し込まれた。
え? ここが携の部屋なんだ……。もう一人の荷物は全然ないみたいだけど。
折り畳まれたままのシーツセットがマットレスの上に置いてあるのを見ていた俺の腕を更に引いて、殆ど無理矢理座らされた。目の前に立ったままの携の視線が刺さりそうに痛いんですけど。
「和明、初日から目立ちすぎ」
「うっ、だ、だってようやくあの人に会えたのにさ……」
「これから毎日会えるんだから、もっと人が少ないトコで声掛けろよな。お前周り見えてなかったろうけど、食堂に居た全員の注目の的だったじゃん」
「げ、マジでか……」
それなのに恥ずかしいの我慢して援護してくれたんだ。「ごめん」と呟くように謝ると、怒らせていた肩を下ろしてくしゃくしゃと頭を撫でられた。
「まあさ、あれだけお前に死に物狂いで勉強させたほどの人なんだから舞い上がるのもわからんではないけどさ」
「うん! 近くで見るとホントにかっこ良かったよな!」
「──いや確かにかっこいいけど、そうじゃなくて」
なんだよ、かっこいいのが関係ないのか? わっかんねえな~。
首を傾げていると、携は呆れたように溜息をついてベッドメイキングばっちりの自分のベッドに腰掛けた。
なんだ、頭撫で撫で終わりかあ……あれって気持ちいいんだけどな。
ちょっと残念に思いながら手櫛で髪を直していると、「で?」と携が待ちかねたように顎をしゃくった。
「で?って何?」
「これからどうすんの? お礼が言えたから満足した?」
満足かー……確かにある意味満足はしたけど、少しだけど話も出来たしもっとあの人の事知りたいなって今では思ってる。二つも年上だし、一年間しかここで一緒に生活できないんだし……。
正直にその気持ちを伝えると、携は頷いた。
「解った。お前がそうしたいんなら協力するよ。ついでに寮長のことも教えてくれ。お前の姉貴、裕子さんだったよな。の、元彼?」
全くその通り。それ以上の関係はない。
ぽりぽりと人差し指で頬を掻きながら多少補足する。
「ねえちゃんが五年生の頃くらいからかな……まあまだ小学生だし、最初はグループ交際みたいな感じでさ、同じクラスの何人かで遊んでたらしい。そこからねえちゃんの勢いに負けたっつーか、まあ嫌いじゃないから付き合ってた、みたいな感じでさ……そんなもんだろ、子供なんだし。
みっくんは昔からガキ大将タイプで、ぐいぐい皆を引っ張っていくから女子にも男子にも慕われてて、俺も時々混ぜてもらって一緒に遊んでたんだよな。ソフトボールしたりサッカーしたり、面倒見も良くて。
けど、中等部まではそんなでもまだ良かったけど、やっぱり自分以外の誰にでも優しいのが嫌になったのか、ねえちゃんから段々距離置くようになって……ついに高校は他のトコ受験してそれで終わり。二人の間でちゃんとした別れ話があったのかどうかまでは知らないけど、もう中三の途中からは全然デートしてる様子はなかったかな……」
思い出しながらちょっとしんみりしてしまう。
確かに楽しかったんだ、俺。まるで本当の兄貴が出来たみたいで、しかもそれが皆に人気のある人で鼻が高い反面、嫌味とからかい混じりの同級生たちの言葉にも傷ついて、わざと二人のこと無視してみたり。
馬鹿だったよな、俺。みっくんはそんな可愛くない俺のこともずっと気に掛けてくれていたのに。
「どっちも気になる?」
自分の世界に浸っていた俺に、携が真正面から投げかけてきた。前屈み気味に自分の足の上に肘をついて、両手の指を絡めて上目遣いにじっと見つめられていた。
「え? まあ気になるっちゃ気になるけど……今の今までみっくんのことすっかり忘れてたくらいだし?」
「ふうん」
忘れてた、けど──一度思い出したら果てしなく気になりそうな気もするわけで。それでもやっぱり一番はあの人かなあ……。
てか、今気付いたけど名前くらいちゃんと聞いとけば良かった!
知らないからもういっそコウジ先輩でいいのか? コウジさんは駄目だよな、同じ学校の先輩だもんな。
うん、よし。やっぱコウジ先輩でいいか。馴れ馴れしいって言われたら改めて名字で呼ぼう!
一人で勝手に決めてにやけている俺を無言で見つめたまま、携は大きく溜息をついたんだった。
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