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第11話 先輩のファンが増えました

 さっきの場所にすっくと立ったままの先輩たちが下級生たちの方に体を向けて、肩幅に足を開いて手を腰の後ろに回している。  おお……あれが援団立ちってやつですね! 「全員揃ったみたいだから始める。  今朝、式の時に見たから判ってると思うが、俺が不本意ながら赤組団長を務めることになった軸谷だ。別に真面目ぶるつもりはねえけど、このいうのはちゃらちゃらやったら逆に格好悪いもんだからな。全員ビシッと揃えて真剣にやらないと本番で情けねえ思いすんのは自分たちだ。他のメンバーにも迷惑がかかるから、嫌々入らされたとしてもどうか本番が済むまでは全力で取り組んで欲しい」  低くて、何処か艶っぽいような、男の俺が惚れ惚れする声だった。 「日にちは結構あるように思えるけど、小中みたいに授業時間割いて練習したりってのがないから、完全に放課後だけの僅かな時間しかない。今までは応援歌も作ってたけど、俺はああいうふざけた替え歌が嫌いだ。だから今年は応援歌なしで演舞を二種類するからしっかり覚えてくれ。といっても応援歌にも元々振りがついてたから別に憶えることが増えるわけじゃないからそこは文句言わねえように」  ぶふっと、横の方で誰かが吹き出していた。  替え歌が嫌いだ、って下りからだけど……こんな場で笑うなんて勇気あるなあ。  恐る恐るそっちを盗み見ると、なんと金髪王子じゃないですかー。 「──ウォルター、場の空気を乱すんじゃねえよ」  半眼になって睨みつけられて、その他下級生は震え上がっているというのに、王子はくつくつと笑い続けている。 「ごめっ、止まんないわ……気にしないでくれ……ぷぷっ」  腹抱えてますけど。  あー……と一瞬言葉を濁してから、浩司先輩は話を戻した。本当に気にしないことにしたらしい。 「因みにあいつは生徒会書記としているだけだから、元々は応援と関係ないので無視してくれていい」  なんと、生徒会役員だったんだ!  って、外国の人が書記?? 日本語ぺらぺらだから書くのも大丈夫なのかな……。  素朴な疑問を抱いてその人が手元に持っているファイルをこっそり見てみると、距離あってはっきりは見えなかったけど、手書きの部分は横文字でした……。  はっ! まさかこの学校公式文書外国語とかって言わないよな?  まあいいや、今は関係ないから横に置いとこう……うん。  それに金髪王子の名前も確定したしな。浩司先輩と仲いいみたいだからメモっとかなくちゃ。ウォルター先輩、と。 「まあそんなわけで、今から演舞二つ流しでやる。雰囲気だけでも憶えてくれ。あと、今やってるこれが立ち姿な。で、」  ドン、と太鼓が鳴る。  後ろに組んでいた手を前に伸ばし流れるように交差させてから握り拳を作り、両脇で肘を引いてぴたりと腕を止めた。拳は上向きだ。流石三人共ばっちり揃っている。 「これが型に入る前の姿勢。応援中も二拍子とか三拍子とかの前にこれやるから、太鼓の音には常に耳を澄ませておくこと。じゃあいくぞ、森本」  ドドドドドドドド、ドドドドドドドドと凄く速いリズムで太鼓を打ち始め、演舞が始まる。途中でドン、ドドドとかリズムが色々と変わりながらぴしりと指先まで伸ばした腕が空気を切るように動き、中腰で足を捌く度衣擦れの音がそれに続く。  うおーーーーっ! なんだよ、やっぱりめっちゃかっこいいじゃんっ!!  あれだけ嫌がっていたクラスメイト全員に見せ付けてやりたい気分。  確かに憶えるの大変だし、本番外でやるときは暑いだろうけど、絶対そんなの忘れられるくらい格好いいったらいい!  俺は元々大きめの目を見開いて、心に刻み付けるように見入っていた。  ぴたりと三人の動きと太鼓が止まり、一拍置いてからまたドンッと一回。それに合わせて大きく開いていた足を引いて肩幅に戻すと、揃って手の平を下にして体の前で交差させてお辞儀しながら「あした!」と一瞬だけ止めてから立ち姿に戻った。  もう、ただただ感嘆の溜息だった。  男で良かったなあっていうのと、惚れ直したって言うのと。  でも、俺にもこんな風にかっこよく舞えるのかななんて俄かに心配になってきたりもして……皆はどうなのかなって、恐る恐る周囲を覗って見た。  そしたらなんと。  隣の谷本は勿論、後ろに居る連中揃いも揃って口を半開きにしてぽかーんとしてるというか。  目の中にハートが見えない気がしないでもないんですけど。  え、ええと……。  と、取り敢えず! こういうときは拍手だろ拍手っ。  俺がパンパンパンと手を叩き始めると、谷本もハッと我に返って手を叩き始め、それに倣って後ろからも次々と大きな拍手が鳴り始めた。  三年生たちは照れ臭いのかちょっぴり怯んだ様子を見せながらも誇らしげに笑顔を作り、もう一度お辞儀をした。  浩司先輩が口を開く素振りを見せたので、拍手の音が止む。  初日にして後輩たちの心を掴んだ様子の先輩はやっぱり俺の憧れの人で……惚れ惚れするくらい男らしい。 「明日から七校時終了後は中庭での練習になるので、ジャージやTシャツなんかの汚れてもいい服装で来てくれ。今日は借りられたけど、ここも体育館も本来は部活動で放課後は使えないんでな。出来たら基本の構えとか出来るようになっていると助かる。以上! 解散」  まだ新入生の所属する部が決まっていないため、今日は例外的に使えたらしい。  外か~。まあ場所なんか何処だって、会えるだけでいいんだ。  テキパキと大太鼓を片付けにかかっている先輩たちを視界に入れたまま俺たちは立ち上がり、見えていないのを承知で一礼してから格技場を後にした。 「──霧川がなんで立候補したのか、気持ち判ったわ俺」  ぽてぽてと校門に向かいながら、谷本がぼそりと言った。  寮は隣接する敷地内とはいえ、一応校門から出て別の入り口から入るようになっている。 「だろだろ? あれ綺麗に決まったら絶対かっこいいよなっ」  我が意を得たりとばかりに俺は満面の笑顔で見上げて頷いた。 「だな。俺たちに出来るかどうか、ちっと不安だけど」  黒目がちな目を瞬かせながら頭を振る谷本。ちょっと顔が赤いですが?  え? もしかして谷本も浩司先輩のファンになっちゃったかなあ……。  まあいいや。この学校のファン一号は絶対俺だもんね!

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