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第27話 しゅどう、って何だろう

「ごめん、周」 「くそ……っ。解ったよ」  大股に去って行く周の後姿を見送ってから、俺は改めて三人に向き直った。 「ありがとな、助かった」  ぺこりと頭を下げると、剣呑な顔つきだった間野も頬を緩めて頷いた。 「間一髪というところでしたかね。貞操の危機でした?」  しれっと小橋が問いかけてきて、その言葉に狼狽する。 「て、貞操っ!?」  愉快そうに笑っている小橋に若干不愉快そうな間野、そして心配げなしげくん。そこへもう一人闖入者が現れた。 「ちょっと出遅れたか」  いつの間にかすぐ隣に人が立っていて、しかも初めて見る顔で俺はヒッと飛び上がりそうになった。  身長は俺と同じくらいなんだけど、太っているわけじゃないのにがっちりしている印象を受ける。しかも顔が某大物ハリウッド俳優をそのまま若くしたみたいでめっちゃ渋い。強面って感じ。 「いいえ、たぬきの手を煩わせるほどじゃなかったようです」  にこりと小橋が笑みを浮かべた。 「たぬき?」  ぎょっとしてつい口にすると、「たぬきじゃねえ讃岐だ」と静かに訂正された。 「ああ、讃岐だからたぬき」 「だからたぬきじゃねえって」 「わかった、讃岐」  心の中でだけたぬきと呼ぶことにしよう。 「さっきのやつな、あれ黒凌(こくりょう)出身のヤツだぜ? 気ぃつけとかんとあんたみたいなやつはすぐに餌食にされる」  ちらりと俺を見て、讃岐が苦々しそうに言った。 「黒凌?」 「ああ、あの中高一貫の全寮制ですか。たしか物凄く規律が厳しいんですよね」  小橋がふんふんと頷いている。 「そ。厳しいというか、坊さんみたいな生活だな。徹底的に勉強だけさせられるし女人禁制だし持ち物から何からかなり厳しく制限されてる。だからここが出来たのをこれ幸いと、親を説得できたヤツがかなりこっちを受験してきてるって噂」 「レベルが同じなら、こちらの学園は天国でしょうねえ」 「でもそれとこれとどう繋がんの?」  納得している小橋とは別に、俺は首を傾げた。  今の説明だけだと、こっちに移って自由な生活満喫したいだけのような気がするんだけども。  むしろ今、周に同情すらしてる。  間野としげくんもその辺りは俺と同じらしく、讃岐に視線を向けた。 「あー……なー……」  ここにきて讃岐は言葉を濁す。  説明は任せるとばかりに小橋に顎をしゃくり、仕方ないですねえと小橋が俺たちを見回した。 「つまり、坊さんと同じく衆道が当然ということですよ。勉強に専念させるのは良いけれど、フラストレーションが溜まりすぎてもよろしくない。集中させるために、寮内でのそういう行為が容認というか推奨されているんですよ」  ぼんっとしげくんの顔が真っ赤になった。へえ、と間野は頷きにやりと俺を見遣る。 「しゅどう……」  と言われてもピンと来てない俺はどうすれば。それって知っていなきゃいけない単語なんだろうか。 「ま、奴らだけでやっとく分には害はねえけど、実際さっきみたいになったら一般生徒に被害が出る。これはこれからの懸案だな」  讃岐はげんなりしたようすで吐息した。 「えーと……ところで讃岐って生徒会か何かやってる人?」  懸案とか言ってるし、執行部の人なのかと思ってしまう。 「いや、表立っての役職はねえよ。隠密みたいなもん。ここって風紀委員がないから、俺が単独で依頼されてるんだけど……あ、これって極秘事項なんでよろしく」 「はあ」  極秘事項をさらっと言われちゃいました。俺はどうすれば。  ま、まあとにかく黙ってたらいいんだよなっ! 「えーと……じゃあ俺はこの辺で」  デッキからテープを出してそのまま教室を出て行こうと試みる。讃岐もいることだし、見逃してはくれまいかと。 「あ、カズくん、助けたんだからちょっと遊んでいきましょうよ」 「そうだそうだ! その為にここまで来たんだぞ」  小橋と間野の声が追ってくる。 「まあそれも一理あるけど、お前らもう昼だから。寮に帰んねえと昼飯食いっぱぐれるぞ」  救いの手は讃岐から差し伸べられた。  ありがとう讃岐! 俺、絶対に絶対にお前の秘密喋ったりしないから! 「お先にーっ」  俺は重い扉を押し開け、脱兎のごとく階段を駆け下りた。  勿論あの三人と一緒に寮に帰るという選択肢は、ない。

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