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第29話 落ち着く場所
「なに、さっきのやつ」
友達に手を振って別れてから、智洋が近寄って来た。怒りのオーラが消えて、気遣わしげに俺の体を点検するように見ている。
「だ、大丈夫。いじめられてたわけじゃねえし」
壁から離れると、俺からも智洋に寄って行った。やっぱり見惚れそうなほどかっこ良かった。恐かったのよりラケット握っている智洋がかっこ良過ぎて、嬉しい方が勝ってしまう。
「あ、まさか女役しろとか言ってたやつ、」
「違う違う! 応援で一緒のやつだから」
顔の前で手を振って否定すると、それはそれで複雑そうな顔になった。
「はあ? 和明ってどんだけ……。いじめじゃねえんなら言い寄られてたのかよ」
あくまで一つの可能性として口にしただけだろうに、俺は言葉に詰まってしまった。今度はぎょっと智洋の方が口篭る。
うああ……なんて説明したらいいんだよ~っ!
それ以上何をどう言えばいいのか判らず、俺たちはなんとはなしにそのまま食堂に向かった。
何となく一番奥が定位置になっているらしく、そこでは先に来ていた携が食事中だった。最初の時と同じようにその隣に腰掛けながら「よっ」と軽く声を掛ける。同じように挨拶する智洋にも視線を向けて、頷いてみせる携。
今日の昼飯はカレーライスだった。肉は牛肉。フレンチサラダとヨーグルトも付いていて、カウンターの横にある牛乳とフレッシュジュースが飲み放題。俺は両方ともグラスに注いで来ていたけど、携と智洋はジュースだけだった。
くっそ……身長気にしてるの俺だけかよ。
両手を合わせてから食べ始めると、あれだけ色々あっても腹はちゃんと空くものだということが良く判った。次から次へと口に詰め込んでいると、携が先に食べ終えて話し掛けてきた。
「二人とも運動してきたのか?」
頬張っていた俺はすぐには返答が出来ず、
「おー、テニス部で一緒のやつと軽く打ち合ってきた」
と智洋が先に答えた。足元にラケットがあるから判っているかもしれないけど、俺だけに話し掛ける訳にもいかなかったんだと思う。
「俺はちょっと視聴覚室でビデオ観てたから、運動はしてない」
走ったりはしたけどな。
ああ……折角ビデオ借りたってのに一度も型の練習してねえ……。
「ビデオ?」
携が不思議そうにして、智洋も興味を覚えたらしいので、背中側に置いていたテープを手に取り二人に見せた。
「赤組三年の演舞が入ってるお宝ビデオ~」
ああ、という風に携は頷き、智洋も「ああ、朝の」と自分の食事に戻った。
うっ、反応薄っ! 一度観たら絶対虜になると思うんだけどな。でも実物見て欲しいし、やっぱり当日のお楽しみかなあ。
残りを掻き込みながら、そういえばと思い出す。
あの時の単語、調べなくちゃだな。えーと確か「シュドウ」って言ってた。携なら辞書持ってきてるかな。
「携、この後時間ある? ちょっと調べたいことあるから辞書見せて欲しいんだけど」
そろそろ席を立つかもしれないので、約束だけでも取り付けようと言ってみる。
「辞書? なんだ珍しいな……。俺に頼むなんて英語じゃないってことか」
眉を上げて目をぱちくりさせている携なんてそうそう見られるもんじゃない。
英語の辞書なら恐らくは全生徒が手元に持っているはずだ。ないと授業が受けられない。
「ん。広辞苑とか」
「ああ、大辞林ならある」
「良かった~じゃあ寄らせてもらうな」
「了解。じゃあお先に」
トレイを持って立ち上がり、俺たちの後ろを通って返却口に向かう後姿を眺めながら、ヨーグルトの蓋を開けた。ジャージーのやつ、好きなんだよな~。
「宿題?」
隣の智洋もサラダを食べ終えてデザート用のスプーンを持っている。
「んー。違うけど、なんかちょっと知ってなきゃいけないこと知らないみたいでさ」
「ふうん? 何? 俺知ってるかもよ」
「知ってるんだろうけど、やっぱ自分で調べないとなーと思って」
「はは、確かに。それが正しい姿だな」
納得して笑う智洋と二人、最後はジュースを飲み干してから一緒に食堂を出た。
食堂内にはあの三人とか周とかもいたわけだけど、それぞれに仲の良いグループと同席していたので特に話し掛けられることもなく退席できてホッとしたんだった。
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