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第30話 男同士の、って

 一応形だけノックしてから入室すると、携はベッドに仰向けになって文庫本を読んでいるところだった。 「お邪魔~。ミステリ?」 「そ。ここの図書室、結構文芸書も入れてて面白い」 「へぇ~そりゃ良かったなあ」  滅多に読まないけど、どうしてもと言われれば赤川次郎とかなら読むことが出来る俺は、機会があれば行ってもいいかなくらいの気持ちになった。進学校の図書室なんて、授業に関連した堅い本しか入れないのが通例だろうに。  その代わり、自分では絶対手を出せないような数万円もする画集とかあったりするんだけどな。  勝手に机のところまで行くと、しゃがんで足元の棚に置いてある分厚い辞書を引っ張り出してそのまま床に置いた。箱から慎重に取り出してからサ行に手を入れて大雑把に開く。まさしくバサッという感じでページを繰るだけでも大変だ。  なければ本当に図書室に行くしかないと思ってたけど、よくこんな荷物になるもの持って来たよなあ。  現代国語の授業で辞書なんて引かないから、せいぜい漢語林くらいしか持っていない。  そのままシのところを後ろへ後ろへとめくり、ようやくそれらしきものを発見する。  明らかに漢字からして意味が違うだろうってのは除くと、「修道」と「衆道」。坊さんみたいなって言ってたからどっちも当てはまりそうなもんだけど……正しい見解に立って修行をっていうんなら「修道」は違うよな。じゃあ「衆道」か……男色。若道。にゃくどう? 変な読み方。  うーむ。ピンとこない。男色ってなんだ?   ついでにタ行も引いてみる。  あった! 「男色」 「男性の同性愛──」  思わず声が漏れちまった。  それなら俺にも解る。うん。  ん?  確かあの時の会話、というか小橋の説明では、それが推奨されてるみたいなこと言ってたよな?  ホモ? いやゲイって言うの?  つまり学校ぐるみで、男同士でやった方がいいよって……。  俺、さっき周になんて言ったっけ。  これからも仲良くしたい。うん、そう言った。  寮生活、教えて。とも言ったような。  それって……それってもしかして周にとっては、実技教えてって意味になっちゃっただろうか。  また魂が抜けていたらしい。といってもあの時とは別の意味で。  背後に膝を突いた携に背中を叩かれて我に返った。 「和明? 調べは付いたのか?」  手元のページを覗き込んできたので、俺は慌ててバタンと辞書を閉じた。紙のカバーを破かないようにそっと箱に戻す。重いなー。 「う、うん。解った! これで謎は解けた。ありがとな」  ちょっとぎこちないかもしれないけど、なるべくいつものように笑ってみせる。  俺のしょーもない問題で心配掛ける訳にはいかねえし。 「最近こっちにこないけど、勉強で解らないことがあれば来いよ? 援団の練習で手一杯なんだろう」  湖のように静かな瞳が、俺の目を覗き込む。  うう、その優しさが身に沁みる……そのまま抱きついて泣いてしまいたい衝動に駆られながらもぐっと踏みとどまる。  情けねえぞ俺! これくらいで頼ってどうする。つか、頼まれたって携にはどうしようもないだろ……智洋みたいに実力行使出来る性格でもなし。 「あ、ありがとな。今のトコ、なんとかやってる。飯と風呂以外、部屋ではずっと予習やってるし」 「そっか。頑張ってるんだな」  ふわりと、手の平が頭に載って。くしゃくしゃと髪をかき混ぜるように撫でてくれる。  あったかいな、色んな意味で。  黙ってされるがままになっていると、眠気がやってくる。  おっと危ねえ! 帰って来週分の予習、出来るだけやっておこうっと。そうしたら平日少しは楽だよな。  今日はもう演舞はイメトレだけでいいや。 「俺、そろそろ部屋に戻るな。携もやることあるんだろ?」  声を掛けると、携の手が離れて軽く後ろから抱き締められた。 「和明……」 「何?」  名前を呼んだだけでそのまま何も言おうとしない携に、俺は腕を外して向かい合った。 「ん?」  携も、何かあったんだろうか。俺、自分のことだけでいっぱいいっぱいで、あまりにも気にしなさ過ぎていた。   秀麗な美貌が、沈痛な色を湛えて俺を見つめ、嘆息した。 「いや、なんでもない」  ゆるりと首を振り、携は立ち上がった。 「俺はちょっと用事があるから」  そのままドアに向かう後を追い、俺も部屋を出た。

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