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第33話 手取り足取りビリヤード指南

 日曜の午後、早目に飯を済ませた俺は、遊戯室にやって来た。きっと一番だろうと思っていたのに何故かもう先輩がいるーっ! しかも金髪王子もいるーっ!  まだ十二時半を回ったところなので流石に周は来ていなかったけど、昼食時間で空いているのもありビリヤード台のあるコーナーは貸し切り状態だった。  二人とも黒いスラックスに開襟シャツで揃えていて、浩司先輩は白、金髪王子は濃い紫となんだかそこだけ夜の店みたいです。  うっとり見惚れてしまっていたらしく、気付いた浩司先輩に声を掛けられて慌てて口元を拭う。  やばい! よ、涎……。だってかっこいいんだもん。別世界みたいに二人とも綺麗でさまになってるし。 「こんにちはっ、よろしくお願いします!」  ぺこりとお辞儀して近寄っていくと、二人とも自分のキューを持ったまま微笑んだ。  もう心臓は早鐘のようだし、こんな調子で俺もつんだろうか。生き物の一生の鼓動の回数って実は決まっていて、のんびりしている亀は長生きで速いネズミは短命っていう説があるけど、それでいくと俺って人間にしては短命になるかもしんない。 「じゃあまず持ち方からな。谷本が来たらウォルターよろしくな」  壁に収納してある沢山のキューに歩み寄り、俺を手招きする浩司先輩。自分で選ぶようにと言われる。とはいえ、殆ど新品みたいなものだし、別に癖もないからどれでもいいとか。一応全部見てから浩司先輩と同じ黒いグリップのキューにしてみた。  えへへ~お揃いっ!  浩司先輩がキューの真ん中よりグリップ寄りの部分を中指と親指だけで摘まんで、俺の前に掲げて見せた。重心がそこなのかキューが水平になっている。  ん、という風に顎をしゃくるので、自分のキューで同じようにやってみた。水平になるまでちょっとづつ指をずらして四苦八苦。 「よし、いいだろ。じゃあこのまま拳一つ外側を持つ。カズも利き手は右だよな? 右手で持つんだぞ」  最初にうっかり右手で摘まんでいた俺は、慌てて左に持ち替えてから右手でグリップを握り直した。 「あー、んなにリキんじゃ駄目だ……。まあ今はいいけど、その位置しっかり憶えてな。そのまま台に寄って手は縁に置いといて。次左手でブリッジ作るから、俺のそのまま真似してみて」  浩司先輩が俺の左側に行き、左手を台の中央に近いくらいの場所に開いて置き、人差し指、中指、親指と分かり易いようにゆっくりと折り曲げていく。  ふあ~長くてすんなりしてて、かっこいい。節くれだっているところもまた魅力だ。  とにかく全部かっこ良過ぎていちいち感動してしまうんだけど、ぽやっとしてたらまた呆れられそうだから一所懸命に真似してみた。 「そうそう、んでその輪っかにこうやってキューを通して」  ふんふん、何だか出来そうな感じ?  ポーズはなんとかそれらしく出来たらしい。  ところが、そこからが問題で。  いざ球を撞いてみたら、スカッと空振りしたり端っこに当たってへなちょこなスピンかかったり。  おうふ……っ。  何かがいけないらしい。  しょぼんとしていたら、自分のキューを隣の台に置いて浩司先輩が俺の背後に回った。 「もっかい構えてみな」  耳の後ろで指示されて背筋に電流が走る。 「ふぁいっ」  飛び上がりそうになりながら、ぎこちなくキューを構えてみる。  そうしたら「やっぱグリップか」と浩司先輩の手がっ手がですねっ、右手の上に重ねられて。前傾姿勢の俺の上に背中も被さる感じで左手は台に突いているわけですよ。 「中指と親指以外もうちっと力抜いて」  握り締めていた俺の指をなぞるように、先輩の指が動く。もう緊張で汗が出てキューが落ちそうなくらいだ。でも一旦手を離そうにも先輩の手があるから今動かしたらなんだか嫌がっているみたいだし失礼だよなとかマジでテンパってしまった。  そうしたら、ふうっと何故だか耳に息を吹きかけられた。 「っう?」  もう顔も耳も真っ赤な筈だけど、びっくりしてふにゃんと力が抜けた。 「そうそう、でそのまま真ん中撞いてみ」  言われた通り、スコンと撞いてみたら、なんと真っ直ぐ転がった。  ええ!? あんなんでいいの??  びっくりするやら嬉しいやらで思わず振り返ってしまった。  ぎゃーっっ! 先輩のドアップでした! ごめんなさいっ!  反射的にまた台の方を向き直すと、ようやく浩司先輩が体を離してくれた。 「浩司、それセクハラ~っ」  少し離れたところで眺めていたらしい金髪王子が指差して笑っている。 「うるせえっ、お前の方がセクハラ大王だろうが」  言い返してるけど、それがじゃれ合いなんだなって俺にでも判る。仲良さそうだなあ。  しばらくは真っ直ぐに撞く練習と言われて、反対側のクッションを利用してひたすら撞いていたらようやく周が現れた。今日はTシャツの上に半袖のチェックのボタンシャツを羽織り前は開けている。下はジーンズだったから、入るなり先輩たちの格好にびびったみたいだった。  だろ? だろ? 格好いいよな! 全力で同意を求めたいとこだけど、それはまたの機会にする。

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