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第35話 浩司先輩、落ち着いて!
思案気な先輩をそれとなく観察していると、前よりは控え目だけどまたしても鬱血痕を見つけてしまい、流石にこう目の前だと焦ってしまった。
それに気付いた先輩が「どうした?」と覗き込んでくる。
ひええっ! 近いっ、近いですーっ!
「え、えとそれっあのっ、」
意味不明な言葉と指差された場所を確認して「ああ」と何故かげんなりした様子の先輩。
「目立つか?」
「いえ、先週ほどではっ」
「先週?」
先輩の目が見開かれる。あっ、しまった!
「すすすみませんっ! ウォルター先輩が部屋に入れてくれて、その時まだ先輩寝ててっ、見えちゃいましたあっ」
「──……」
さあっと辺りの温度が冷え込んだ気がした。
なんかもうゴゴゴゴゴゴッて効果音が聞こえてくるんですけど気のせいですかねっ。
「すっ、すみませんっホントあのっ」
続けて謝ろうとする俺の眼前に「いい」と手の平が押し留めるように上げられた。
「──あの野郎、いつかきっちり話つけなきゃいけねえようだな」
どうやら怒りの矛先は金髪王子だったみたいで。
勝手に部屋に入れたこと怒ってるんだよね。いくら入り口付近だけとはいえ、やっぱり下級生の俺なんかが勝手に入っちゃ駄目だったよねっ。
「せ、先輩、お願いだからそんな怒んないでください~っ! もう絶対に絶対に入りませんからっ」
体を拭くためのスポーツタオルを握り締めて、何とか宥めようと試みた。
浩司先輩は噂によると極真空手の黒帯だ。しかも単独で族潰し出来る位の喧嘩巧者だ。あんなおっとりした感じのウォルター先輩に勝ち目はないと思われ……。
どうどう、と落ち着かせるためにその手を握ってツボ押ししてみた。手の平にあるやつ。だって他のトコに触るわけにはいかねえし。
据わっていた目が僅かに見開かれ、怒らせていた肩も下りた。
き、効いた……かな?
「はいはい軸谷~。それ以上後輩いじめるな?」
不意に、先輩と俺の肩の両方にぽんぽんと手の平が載せられて。
「大野かよ……」「会長っ」
にっこり微笑んでいるけどなんか恐いです大野生徒会長。
くいっと顎をしゃくるのでつられて周りをぐるりと見回してみると……。
これから入る人も中から出てきた人も、一様に動きが止まっていて表情は強張っていて。浴場内と脱衣所を仕切るガラス扉の向こうには恐々覗いている人がずらっと並んでたりして。
──どうやら皆、浩司先輩の気迫に気圧されてフリーズしていたらしかった。
ようやくといった感じで、浩司先輩がはあっと息を吐いた。がりがりと後頭部を掻きながら「わり」と言う。
「本校と違って皆お前に慣れてないんだから、こんなとこで敵意や害意剥き出しのオーラ出さないように」
「はいよー。んじゃお先」
踵を返して自分のロッカーがあるらしき反対側に向かう先輩を見て、他の連中の石化も解けていく。
よ、良かったのかな? 俺、今度もう一回謝った方がいいよね?
心配だったけど、今日はもうそっとしておいたほうが良さそうだ。
再び服を脱ぎ始めた俺の隣で、これから入浴するらしい生徒会長もボタンを外し始めた。
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