36 / 145
第36話 秘密の暴露
湯船の中、何故かつかず離れずの距離に会長が浸かってます……。微妙に話し掛けづらい位置関係なんで、もしかして知人だからそれなりに近くには居るけど話は別にないよ的な感じなのかなあ。
そう言えば、同好会では眼鏡掛けているけど最初の時にはなかったし、今は勿論掛けていない。ノンフレームのやつだし掛けても掛けてなくても印象があまり変わらないのは、度数はあんまりないってことなのかなあ。
ちらちら見ている事に気付いたのか、「どうかしたか」と視線を向けられる。
「あの、視力……そんなに悪くはないのかなと思って」
ああ、と頷く会長。
「活字を追うときには掛けていないと不便だが、この距離で人を見間違うほどには悪くない」
なるほど。シナリオやルールブック読むために掛けてたのか~。
「ついでにいいですか? 前からちょっと気になってたんですけど」
質問に対して「んん?」とやや首を傾げる姿、なんか可愛い……いや目上の人に失礼なんだけど、いつもは隙がない感じなんで。
「執行部って、俺今のところ会長と書記しか知らないんだけど、他の皆さんは」
確か大抵の学校は立候補して演説して投票してもらって決定の流れが多い筈。入学式で壇上に立っていた会長と、たまたま知ったウォルター先輩以外のメンバーを何処かで見聞きしたことがない。これって不思議な感じがする。
ああ、と納得したように会長は顎を引いた。
「大体は二年生で就任して三年の途中で引退するからな。いずれはそうなるだろうが、今回は投票制じゃないから周知すらしていない。
元々執行部なんてイベント時の裏方の仕事が殆どだろう。教師と生徒を繋ぐパイプ役というか。
メインイベントで顔が出るから生徒会長の僕だけは仕方ないが、他のやつらは表に出たいわけじゃないからな……。仕事はきちんとしているよ」
名前とかが知りたいわけじゃないって辺りまで読み取ってもらえたらしく、欲しい答えが返ってきた。
なるほど、言われてみれば学級委員だって雑用係みたいなもんだし、進んでやりたがるヤツはそういない。学校全体の取り纏めともなると尚更だろう。何かしら校則に問題があってそれを変えたいとか、校内の風紀をどうにかしたいとか、高尚な理想がある場合に立候補するわけで。
「そうなんですか。ありがとうございます」
まあ俺には関係のない世界の話だなとにっこり笑ってお礼を言うと、なんだか不思議そうに瞬きされてしまった。
んー……? へ、変だったかな俺。
「ああ、副会長だけは次期会長候補だから一年生だぞ」
ふと、思い出したように付け足す会長。
「え、そうなんですか~」
誰だろう、一年生ならもしかしたら俺が知っているやつってこともあり得るよな。
「まあ、今年度中に僕が病欠などしなければ誰も知らないまま終わるかもしれないが」
む? また極秘事項の匂いが!
好奇心に満ちた様子が顔とかに出ていたらしく、大野会長は苦笑した。
「知りたいか?」
「えっ! そりゃあまあ……」
湯の中に沈んでいた手が現れて、水面すれすれで指先を曲げておいでと招かれている。
うあっ! やっぱりちょっと秘密な情報なんだ。
俺はなるべくさり気なく周りをチェックして、意識して見られていないのを確認してからそうっと近付いた。
浩司先輩みたいに鍛えた体躯じゃないけど、もっとあばらでも浮いているかと思ったらそうでもなかった。脂肪なんて欠片も感じさせないのは当然として、必要最低限の筋肉しかついていないと言った方が正しいか。
明らかに十センチ以上違う身長の会長も、尻をつけて座っているとそう目線は変わらない。それって足の長さが違うってことですねと自分にダメージを食らいつつも、屈みこんできた大野会長が耳元に口を寄せて。
「君と仲良しの氷見携くんだよ」
低く、囁かれた言葉に──思考が一時停止した。
着替えるのももどかしく、俺は走って携の部屋に向かった。全速力だと誰かにぶつかった時にダメージが大きいから駆け足程度だけど。
形だけのノックの後、勝手にドアを開けて入る。携は奥の勉強机で数学の教科書とノートを広げていた。
「どうしたんだ? 和明。髪はちゃんと拭かないと……」
濡れ髪で雫すらぽたぽた垂らしている状態の俺を見て、携は目を見張っている。
「携! 副会長やってるってなんで黙ってたんだよ」
本当かどうかの確認の必要はなかった。生徒会長直々の情報なんだから、真実だろう。
自分でもこんなにショック受けてる理由なんてはっきりしていない。
ただ、それって結構大事な情報で、打診された段階で相談して欲しかったとか、せめて決まった時点で教えてくれといてもとか、色んな不満が胸の中で渦巻いていた。
一番大事だと思ってたのは俺だけで、そういうのを他人に知らされることがどんだけ惨めかなんて。
──わかんなかったのか? 携……。
ともだちにシェアしよう!