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第44話 尾行に向いてません
星野原学園分校のあるこの山は、山ごと全てが学園関係の敷地で結構広い。
ただ、元々生活用の道路とかは整備されているので県道だか市道だかはあるためそれなりに車の通行もある。
けれど、山の途中で停まるバスが一日数本しかないため、休日は寮生専用のマイクロバスが出ている。早朝希望者がいればその時間にも出してもらえるし、そうでなければ九時半が第一便だ。大抵の商業施設が動き出す十時に麓の町のバスロータリーに到着するように運行されていて、帰りもその場所に迎えに来てくれる。
俺の場合は初めての外出だから、この学園に来た時以来の利用だった。
入学の際には自家用車で送ってもらった人も多いみたいだけど、うちなんか式の時にも親は来ていなかったし、高校生なんだからそんなもんかなと思っていた。浮かれていて憶えていないけど、他の家は親が来てたんだろうか。
エントランスで周と合流して、既に門の前に横付けされていたバスに乗り込むと、試しに周に訊いてみた。
「うちは両親揃って来てたなあ。何とか了承させたものの、やっぱり進路変更渋ってたし、現地を確認したかったらしいぜ。式の後どうやら学園長やら社長やらによる説明会があったらしくてさ、それで納得したみてえ」
周は伸びかけの前髪をかき上げながら、ふうーっと気だるげに息を吐いている。
今日の周は、重ね着風の長袖Tシャツにストレートのジーンズだった。黒地に白でアメリカンな感じのプリントが入っていて、短めのチョーカーを付けている。
うーん。別に自分で言うほどお洒落に疎そうってわけじゃなさそうだけど……。
「社長って噂のローレンス氏かあ。いつかお目にかかれるのかなあ」
株式会社の学校だから、一応トップの名前は社長らしい。現場の細々した事は、学園長が取り仕切っているんだろう。
学園長も外国の人だけど、ぱっと見た感じ何処の国なのか不明なふんわりした優しそうな壮年の男性だったことだけは、かろうじて記憶にある。
何しろ入学式は浩司先輩のことしか頭になかったからな。
「相当な美形らしいけど、気になるのか?」
通路側に座っている周が、身を寄せてきた。
「え、だって、連邦で一番有名な人なんだろ? 気になるだろー」
別に有名人に弱いってわけじゃないけど、あれだけ携が心酔する辣腕企業家なら実物にお目に掛かってみたいと思うじゃん。
「カズ、美形好きだよな~……」
体寄せたついでに、何故か太腿撫でられてますが!
それくらいのボディタッチならダチならあることだと言い聞かせつつスルーすることにする。
「あー……好きっていうか、たまたま? 仲良くなれたと言うか」
きっと携と智洋と浩司先輩のことを言ってるんだよなと思って、乾いた笑いが漏れる。
「俺はそういうのよりカズがいい」
顔寄せて、至近距離で囁かれて。
駄目だこのエロい低音と伏せた眼差しの絶妙な加減。くらっと来そうになっちゃったじゃねえか!
「あ、あははは……」
笑って誤魔化しておこう、そうしよう。
いつの間にか発車していたバスに揺られながら、前途多難な道行きの予感がしていた。
まずは駅前のショップを片っ端からチェックして、中に入ってじっくり見るべきか軽く品定めをして歩く。
特に派手じゃなければいいということで、何でも似合いそうなのがまた困ったもんだ。
取り敢えず予算を聞いて、カジュアル系のお店をいくつか目星をつけて、昼前にハンバーガーショップに入った。
メニューを見る目つきの嬉しそうなことといったら、おもちゃ屋に連れて行かれた小さな子供みたいだった。注文する時もウキウキしてて、見ているこっちも幸せな気分。
俺も初めての時はこんな風だったのかなあ。
でもきっと家族で何回か行って雰囲気に慣れていただろうから、友達と行ってもそんなに興奮はしなかったと思うんだ。
駅前という立地のせいで半地下付きの二階建てになっている建物の階段を上り、二階の窓際の席を取って向かい合わせに食事する。
全面ガラス張りの壁からは道行く人々が見下ろせて、会話がなくても退屈しなかった。何しろ周の方はあちこち観察するのに忙しく「へえー」とか「すげえ」とか感嘆の言葉ばっかりだったからな。
でもそれで助かっていることもある。
昨日、付いてくると豪語していた二人だったけど……。
チロッと隣の店舗の辺りで女性陣に囲まれている男二人を目に入れて、嘆息。
智洋は髪のセットをしないで帽子を被ってるけど、基本的に顔隠してないし。
携は伊達眼鏡掛けてても、やっぱり美形オーラ消せてないし。
うん。二人とも尾行に向いてません。
歩いていると俺たちの後方から必ず歓声というか抑えた悲鳴というか、聞こえてきて……周が気付いてないからいいようなものの、才能ないよと諦めた。
まあ元々二人が厚意でしてくれてるわけだし、周の様子を見ていても別に危機感ないし、好きにしてくれたらいいんだけどな……。
ちょっとだけ、胸が痛かった。
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