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第63話 辰、それは言い過ぎです
「カズ~! すげえ偶然」
振り向くと、辰が至近距離でひらひらと手を振っていた。近過ぎるだろいくらなんでも……。とは思ったものの、傍に寄らないと会話も出来ないくらいに歩行者専用道路は混んでいる。
「よっ。辰も買い物?」
「そういうわけでもないけど、ぶらぶらしてたら目に入ったからさ」
この混雑ですぐに判るなんてすげえなあ。智洋みたいに目立つなら判るんだろうけど……あ! 立ち話してる場合じゃねえわ。
ちらりと腕時計を見ると、約束の時刻五分前。ここから流れの隙間を縫ってあそこまで行かなきゃなんないってのに。
「ごめん、友達と待ち合わせしてるから」
手刀で謝り足を向けると、その先に視線を遣った辰が「ああ、あそこにいるの同室の栗原か~」と声に出した。
良く知ってるなあと思いながらじりじり歩いていると、付いてくる気配がする。
こっちに用があるのかな?
「智洋~っ、お待たせ」
人込みに飲まれないように気を遣いながら店の前に辿り着くと、ほっと安堵した様子の智洋と振り返る女の子たち。
近寄ってみて改めて小さいなって気付いた。何しろ俺より十センチ以上も低い。まさか中学生じゃねえよな?
「あ、連れの人きたね。いいじゃんいいじゃん! 二対三でも大丈夫だしぃ」
天パが入っているのか、くりくりの髪をショートにしている女の子がぐいぐいと智洋の腕を引いている。
その強引さに呆気に取られていると、背後に居た辰がひょこっと俺の隣に出てきた。
途端にきゃあー! と女三人が色めき立つ。
ざっくりしたニットのノースリーブに前を全開にしたシャツを羽織り、薄手のミリタリーカーゴパンツにショートブーツを履いた辰は、今日も素晴らしい美形ぶりだった。
智洋と二人、何処かのアイドルのユニットみたいだ。そりゃあ歓声が上がるのも解る。
おまけに三対三になったもんだから、もう遠慮はないとばかりに更に智洋に迫り始めた。
だけど事情が飲み込めない智洋は、怪訝そうに俺と辰を見ている。そりゃそうだよな、知らないやつだろうしなあ。
「今そこで会ったんだ、同じクラスの難波」
俺が紹介すると、にこっと笑って辰が「よろしく」と言った。それから、
「暇してるならもっと美人紹介するけど」
と続けたもんだから、一気に場の雰囲気が凍えた。
ひいっ……! 流石にそれはないんじゃないんですかタツくん!
女三人の眼差しが痛い! メデューサみたいになってる!
全身鳥肌になりながらも、フォローのしようがなくて俺は石化したようにその場に固まっていた。
「それとも姦しいのがタイプとか?」
小首を傾げて微笑んでいる辰に、智洋はプッと噴き出した。
「全然タイプじゃねーよ。まあ、ここに居る必要もなくなったし、その美人さん紹介してもらおっかな」
「おー、いこいこ」
女の子たちなんて目に入っていないかのようにスッと身を翻す辰に続きながら、智洋は俺の手首を掴んで歩き始めた。
衣料品の店舗が多い区画を抜けて、更に人の多いお食事処を通り過ぎ、飲み屋街の方へと出ると流石に通行人もまばらになってくる。日中に営業している店が少ないからだろう。
「二人とも飯は食った?」
辰は振り向いて俺たちが頷くのを確認すると、
「俺まだだからちょっと付き合ってよ。一人だと寂しいし」
なんてウインクする。
ちっとも寂しそうじゃないんですけど。
俺は別に構わないけど、智洋は? 斜め前を歩く顔を覗うと、
「付き合うよ。助けてくれてサンキューな」
って返答していた。
友達の輪が広がるのが嬉しくてニヤニヤしていると、歩く速度を落として隣に並んできた辰が「手、もういいんじゃね?」と指摘して、慌てて智洋は俺の手首を離してしまった。
……掴まれてる俺も失念してましたね。ちょっと恥ずい。
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