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第64話 Homeless

 商店街の外れも近くなってようやく一軒の店に辰が足を向けた。カフェなんだろうか、通路側は全面ガラス張りで、中に沢山のテーブルセットが並んでいるのが見える。表にはメニューや見本もなくて、ドアベルの付いたガラス扉に木製の小さな看板が掛かっていた。  【Homeless】と書かれたそれを揺らしながら扉をくぐり、少し薄暗い店内に足を踏み入れる。 「いらっしゃい、辰くん」  右手のカウンター内に立っていた男性が、顔見知りなのかうっすらと微笑を浮かべた。白いシャツに腰巻タイプのエプロンは黒。まだ二十代に見える若くて整った顔立ちの人だった。 「今日はこっちにする~」  辰が向かったのは、カウンターよりは手前のテーブル席だった。出入り口のすぐ隣に当たるんだけど、ソファーの手前に衝立があり、すぐ傍に立たない限りは店内からは死角になっている。  外からは丸見えと言えなくもないけど、街路樹やベンチが間にあり、すぐ横を通る人にしか見えないだろう。今は人影もまばらだし個室みたいな雰囲気を味わえる。 「ナカさん、何か適当に食べさせてよ~腹減り~……」  今までの威勢の良さは何処へやら。途端にだらけた辰は、合皮のソファーの背に凭れかかり背凭れに後ろ頭を載せて仰け反った。 「はいよ。飲み物は?」 「水割り~俺のボトルでこいつらにも。つまみはナッツとチョコがいい」  そのままの姿勢でオーダーするのを聞きながら、え? と思わず見つめてしまう。 「ええと、水割りってつまりお酒だよね……?」  そろりと訊くと、ようやく顔を戻した辰がなんでもないことのように首を傾げる。 「ウイスキー苦手? ブランデーの方がいい?」 「いやいやいやいや、そうじゃなくてー」  両手を前に突き出して、対面の辰に訴えてみる。 「なんでボトルなんてキープしてんの。ここって何の店なのさ」  もしかして年齢を詐称しているのかもと、未成年という言葉を飲み込んだ。  そりゃあ智洋と辰だけなら大学生くらいには見えるかもしれないけど、俺は無理っしょ! 「なんだろう……バー? はちょっと違うか。パブ? みたいなー」  ははは、と辰は笑っていて、智洋は、 「俺はウイスキー好きだから大丈夫。遠慮なく頂く」  ふっと微笑んで、俺の隣で泰然としている。  うーむ。堂々と未成年が昼間から飲酒……いいんだろうか、しかも店で。  俺だって全然飲めないわけじゃないけど、誰かの家でとかじゃないと流石にビクビクしてしまう。 「今までどっかで遊んでたのか? 難波は。俺たちは午前中に帰省したから荷物置きがてら実家で飯食ってきたけど」  早速アイスペールやボトルを持ってきてくれたマスターから受け取ると、慣れた仕草で水割りを作り智洋が配ってくれた。 「和明は薄めな。難波はこれくらいでいいか?」  なんか明らかに俺のだけ色が薄いんですけどー!  まあ、強くないからいいんだけどさ……。  礼を言って受け取り、ちびちびと飲む。うん、飲みやすいし美味しいな。酒の銘柄詳しくないけど、なんだろうこれ。 「栗原も良かったらタツとかタッくんって呼んでな。俺もヒロくんって呼ばせてもらおうかな」 「じゃあ辰で。ヒロくんは柄じゃねえからヒロだけでいい」  なんか仲良く話してる。  確か伴美さんがヒロくんって呼ぶとか言ってたもんなあ、それ連想するから嫌なんだろう。気持ちは解る、うんうん。  手元にある小皿からチョコを啄ばみつつ、辰は頬杖で吐息した。 「実はさー、さっきまで女と一緒だったわけ」  ほえ? デートだったのかあ。  思わず耳ダンボになって凝視すると、ふっと苦笑された。 「別れたけどさ」 「えええっ!?」 ---・---・---・--- お酒は二十歳からですよー。 これはフィクションなので、真似しちゃダメ。

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