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第65話 口に出しちゃったら取り消せない
思わず大声を出してしまい、こちらを覗き込むマスターにぺこりと頭を下げてから「ごめん」と謝った。
カウンターの向こうからは、火を扱って調理する音が聞こえてきている。
グラスを一気に干してから、また辰は口を開いた。
「やっぱり多くても週に一回しか会えないのは我慢できないんだとさ。そのくせ最後にホテル行こうとか誘ってきて、訳わかんねえし」
何故かまた智洋が黙ってお代わりを作っている。今日知り合ったばかりなのに、阿吽の呼吸だ。
「ホントは引き止めて欲しかったのかも知れないけどさ、もともとそんな好きでもなかったし、さーっと冷めちゃって。彼女として、精一杯大事にしてきたつもりだったのにな……何も伝わってなかったのな」
うん……。毎日電話してるって言ってたもんな。週末しか帰省出来ねえし、それが精一杯だよな。それなのに、それでも駄目だったんだ……。
辰は、またお代わりを全部飲み干してしまった。空きっ腹にそれはマズいんじゃないのと思ったけど、止められなかった。
せめて少しでも早く食べ物が来ますようにと願いながら、俺は自分の前にあるチョコの皿も辰の方へと押しやった。
「あー、やっぱ向こうから告ってくる女にロクなのいねえわ。何期待してんのかしらねえけどさ、勝手に盛り上がって勝手に別れ話してくんの。何考えてんだろ……」
嘆息する辰に、智洋もうんうんと頷いている。
「外面だけしか見てねえんだろ。見栄えが少しでもいいやつ連れてたらステイタス? みたいなもんでさ……俺も長くて三ヶ月くらいしかもったことねえし」
「だよなー、あっちから寄って来たくせに、誕生日とか他のイベントとか付きあわねえと信じられない! って勝手に怒るしさー」
「あるある」
顰め面で頷きあう二人を見てて、疎外感でいっぱいなんですが。
それ以前に彼女が出来た例 がない俺の十五年間ってどうすればいいんでしょうか!
でもでも失恋? って呼んでいいのかどうかはわかんねえけど、ここは慰めるべきシーンであって、俺が一人でむくれるわけにもいかなくて。
そういうもやっとすることは心の奥に押し込んで、辰のことだけ考えるようにしてみる。
「俺は、辰が凄く優しくていいやつだって知ってるし、無理してそんな嫌なやつと付き合うことねえよ。まだ男子校生活始まったばかりだけどさ、しばらくは男ばっかで気楽に過ごしてもいいんじゃねえかな? 俺は、辰がその女の子にこれ以上振り回されずに済むようになって良かったと思うよ~」
なんか月並みだけど、経験則がない以上、心のままに言ってみた。
辰は、目をぱちくりさせて俺をじっと見て、それが不思議そうな感じだったから何か変だったかもと恥ずかしくなり頬が紅潮した。
「ご、ごめん。だって辰のこと好きだしさ、別れて良かったとか……あ! 駄目だ、ホントごめん……」
あわあわと言い訳するも墓穴を掘ったような気がしてならない。
照れ隠しに水割りをごくごく飲んだら、更に体の内側からカーッと熱くなってきた。
「和明、お前な……」
智洋の嘆息が耳に入る。
うん、もう喋るのやめるよ。これ以上恥かきたくねえし!
俯いて、ぽりぽりとナッツを噛み砕いた。
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