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第66話 浩司先輩の好きなもの

 ほどなくして辰の前にパスタとサンドイッチが置かれて、それを食べている間に俺はもそもそと浩司先輩へのお礼について智洋に説明した。  アサリが入った和風味のパスタ、美味そうな匂いが漂ってくる。  それにしても最高額の紙幣ぽんと渡されても困るよなあ……。  俺より更に浩司先輩について知らない智洋と二人でうんうん唸っていても、良い案が浮かぶ筈もなく。  しばらくして全部食い終わった辰が、また水割りを飲みながらさりげなく口を挟んできた。 「浩司さんって、酒と煙草とバイクに金突っ込むけど、夏休みに普通免許取る予定らしいからまた金が必要みたいだよ。この連休も宵の口から朝までずっとバイト入れてるしー。現金渡した方が喜ぶんじゃね?」 「そうなんだ!」  おおう、そういや辰は学校以外でも先輩と繋がりあるんだもんな。色々と先輩の好みも知ってるわけだ。  意表を突かれてパチクリと辰を見つめてしまった。 「四輪も良いけど、二輪も乗り続けて欲しいよなあ、俺としては」  辰は、頬杖を突いて窓の外に視線を向けた。  葉っぱだけになった桜の木が、風に吹かれて僅かに枝を揺らしている。  商店街の街路樹が桜って珍しいんじゃないかと改めて思う。その周りを囲むように円形に配置されている木のベンチには、今は誰も座っていなかった。 「かっこいいんだろうなあ、運転しているところ見てみたいな」 「めちゃくちゃ痺れるって!」  ぼそっと独り言のように呟いたのに、拳を作って勢い良く振り向かれてしまった。 「乗り始めた中学ん時からすげえ天性の才能あったとかって、匡さんも言ってっしー。でも週末にも顔出さなくなったもんな、最近。やっぱずっと寮に居て今回が初めての帰省なんかなあ」  喋りながらまた窓の外を見遣り吐息している。  ちなみに匡さんというのは【KILLER】の現リーダーで、浩司先輩のお姉さんの彼氏である。これ諜報活動の成果。  浩司先輩は日曜も俺たちの相手をしてくれていたりと寮内で活動してるから、やっぱりこっちには帰ってきてないのかなあ。  でも……じゃ、あのキス・マークはなんだろう?  地元には戻ってないけど街までは出てるのかな。日曜日だけは昼まで寝てるって聞いたし……。 「俺も日中こっちに居る意味なくなったし、バイクで戻ってあっちの峠走ろうかな」  ぼんやりと一人ごちている辰を見ながら、共通の趣味があるっていいなと羨ましくなった。  その後、特に予定のなかった俺たちは、三人でカラオケボックスに行き三時間歌いまくった。逆ナンされずにゆっくり出来そうな場所が他に思いつかなかったから。  ここ一年ほどまともにテレビを観ていなかった俺はひたすら自分の好きな歌手の曲を歌い、智洋は流行歌ならなんでもそつなく歌う感じで色々なジャンルのを適当に選び、そして何故だかロック系が好きらしい辰は超高音と低音を使い分け器用に歌いこなしていた。頭がキーンってなりそうな裏声まで出るから、マジびびった……。顔に似合わず激しいのが好みなんだね……もっとしっとりしたバラード歌うのかと思ってたよ。  最後には喉が痛くなったらしく喋り声が掠れてた。うん、セクシーだからいいんじゃねえ? 「これからどうする?」  リモコンと歌本を返却してロビーで顔を見合わせる。  一番家が近いのが俺らしく、しばらくご無沙汰していたテレビゲームでも皆でやろうかという話になった。  格闘ゲームなら何人かで対戦した方が面白いし、ゲームセンターに行くとまたぞろ女に絡まれそうだしで、俺と智洋はチャリ、辰はバイクでとろとろと付いて来た。  住宅地以外の道路は、風が吹き抜けて気持ちがいい。川面から光が反射する土手沿いの並木道、田んぼの中の畦道、特に急ぐわけでもないのに俺は競うようにギアを重くして漕いだ。  お陰であっという間に家には着いたけど、辰だけ涼しい顔で俺たちは汗だくになってしまった。 「ゆっくりでも合わせて走ったのに」  と笑われたけど、仕方ない。これといって理由はないけどなんかやっちゃったんだよなあ。

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