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第73話 タイプなのは、智洋
「あ、すすすみません、お噂はかねがね……! 辰や浩司先輩と同じ学校の霧川和明ですっ」
慌てて殆ど反射的に頭を下げながら名乗っていた。
ああ、という風に少し唇を開き、若干微笑んだのかどうにも微妙な表情を浮かべてから、新菜さんは円華さんの隣に腰掛けた。
だるいというか眠いんだろうな。
「ねえねえ、食べ物は何が好き? 朝ご飯食べに行かない?」
「食ったし、今から遊ぶトコだし」
「じゃあじゃあ、終わるの待ってるからお昼ご飯食べに行くならいい?」
「行かねえし」
翔子さんと智洋の攻防は続いているようだ。
新菜さんも呆れたようにそれを眺めながら、煙草を吸い始めた。
マニキュアに光る指先、綺麗だなあ。姉貴が薄化粧しかしないタイプだから、こういう風にバリッと決めている女性は酷く大人びて見えるんだよな。みっくんと釣り合うかどうかはあれだけど。
「彼も同級生なんだよね? たっつー」
円華さんがちろりと辰に視線を投げる。
「そそ。ヒロくんと呼んで下さいな」
なんだか勝手に渾名呼び推奨されてるし。
「あー、翔子の好みドストライクだね」
新菜さんも頷き、二人で苦笑し合っている。
「そうなの? 浩司先輩が好きなんだろ? 翔子さんは」
よく判らなくて、隣の辰を見上げると、からかうような笑みを浮かべて見返された。
「好きだけど、元々外見はヒロみたいなのが好みっぽいよ。浩司さんは例外らしい。性格が好きなんだろ」
「ふうん?」
なんだか良く解らないけど、髪の色とか? 浩司先輩は見た感じ硬派で女は寄るなオーラを発している(姉談)らしいけど、智洋は若干不良っ気あるけど人当たり良さそう? 多分。
逆ナンされたときの対応も、そうきつくはない。今もなんだかんだで会話してるしね。
はー……羨ましいけど、大変そうだな……。
昨夜の姉貴の言っていた事、ちょっと身近に感じられたかもしれない。
当人はどうあれ、傍から見たら微笑ましげな遣り取りをぽやんと眺めていると、辰が尻ポケットに手をやった。
「ブルった~」
順番待ちの呼び出し用のポケットベルが振動したらしい。手の平で赤く点滅しながらピーピー呼び出し音を鳴らし始めたベルを智洋にも見えるように示してから、
「んじゃ、失礼しまっす」
ぺこりと頭を下げて受付の方へと向かう辰。
いい口実が出来たとばかりに智洋も翔子さんを引き剥がすと、貸し靴の機械の方へと歩き出した。俺も三人にもう一度お辞儀してから智洋の後を追う。
翔子さんは唇を尖らせて目で後ろ姿を追っていたけれど、それ以上付きまとうつもりはなさそうだった。
隣のレーンの人たちと声を掛け合いながら三ゲームして、楽しいひと時を過ごした。
ストライクやスペアを取れば「ナイスボール!」外しても「惜しい~っ」とか、ダブルやターキー出したら皆でタッチしあって喜んで、ボウリング場独特のこの和気藹々とした雰囲気が凄く好きだ。
大抵はそれっきり会うこともない人たちだけど、常連同士はそれなりの仲にもなるんだろうな。そこまで通い詰めるほどじゃないけど、真剣勝負の中にも楽しんでいるっていうのが良く判るこの空気が和む。
その後は近くのバーガーショップで軽く食事して、智洋の家に行こうかという話になった。
なんでも、お姉さんのも合わせると結構な数の漫画本があり、辰も興味を示したし俺も読みたいと思った。
お勧めは、テニス漫画らしい。連載中だけど、凄く面白いのがあるんだとか。
もうバイクと競争するのは止めて、普通に自転車を漕ぎつつ栗原邸に向かう。
アイボリーの壁に色々な茶色の洋瓦を載せた西洋風の一戸建てが栗原邸だった。姉ちゃんが幼稚園くらいの頃に建てたらしい。
うちもそうだけど、この辺りの人は大体子供が小さいうちに家を建てて核家族で生活するんだよな~。
所々昔ながらの古い建物も残っているから、新興住宅地として作られているわけじゃなくて、管理維持できなくなった土地建物や田畑を切り売りしている場合が多く、広い庭付きの家を壊して土地を分割したりもよくある話だった。
「ただいまー」
庭先に自転車とバイクを停めて智洋がドアを引いた途端、何だかもふもふなものが足元に飛び出してきた。すかさず智洋が器用に足で押さえ込み、しゃがんでそのもふもふを抱き上げる。
「猫っ」
嬉しくて俺は声を上げてしまった。
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