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第88話 会長は天使がお気に召さないらしい

 荷物をまとめながら、折角回復したと思っていたところに追加ダメージを受けたように心が塞いでいた。  さっき、仕事の邪魔したらいけないと思ってさっさと送り出してしまったけど、執行部の前まででも付いて行って携と話をすれば良かっただろうか。  携があんな顔をするなんて……しかもそれを俺に向けたっていう事実に打ちのめされて、しばらく動かなかった体が恨めしい。  あれだけがんばって自分に言い聞かせても、やっぱり俺、携と仲良くしたい。このままじゃ友人以下になってしまいそうで怖い。  あ、そうだ。今度こそ何か手伝えることがないか、尋ねてみたらいいんだ!  そうだ、そうしよう。不要ならこのまま部屋に帰ってから、食堂で会えるんだしな。  口実を見つけて心が軽くなり、先刻二人が出た方のドアから廊下に出て執行部の方へと小走りに向かった。またイーゼルに邪魔をされたけど、倒さないように擦り抜けて部室の前で一度深呼吸。コンコンとノックをすると、「どうぞ」と会長の声が返ってきた。  いいのかな、こっちから開けちゃって……。 「失礼します……」  恐る恐る内側に扉を押して顔を覗かせると、長テーブルのパイプ椅子に腰掛けた会長と携が驚いた顔をしていた。 「あの、どうせ時間あるし、何かお手伝い出来る事があるかなと思ったんだけど……どうでしょう」  思い切って声を掛けると、会長は納得したように頷き、携は思案気にしている。  他のメンバーはいないようで、俺としてはそっちにびっくりだった。ウォルター先輩、仕事ちゃんとしてるんでしょうか!  部外者だし中には入っちゃ駄目だよねと、ドアから体を半分覗かせたまま待っていると、後ろから声を掛けられて飛び上がりそうになった。 『ちょっとごめんなさい』  大陸共通語で告げられた内容は理解できたけれど、咄嗟に返す言葉が出てこなくて反射的に振り返りながら体をずらせる。一昨日この場所で見掛けた銀髪の人だった。携より低く見えたけれど、俺よりは大きくて視線を上げなくちゃいけなかった。至近距離だとド迫力の美貌。まさにこの世に舞い降りた天使そのもので、俺は脇に退けるのが精一杯だった。  読み書き出来ても話せないなんて習っても意味ねえ……。 『ありがとう』  天使はにっこり破壊的なまでの微笑を寄越してから入って行く。 『タズサ~! 手伝いに来たよっ。ヒデもお疲れ様!』  ヒデ? ああそういえば会長の名前、英明(ひであき)だったっけ。  軽やかな声と共に机に寄って行くと、会長の背をぽんと叩いてから携にはハグをしている天使。どうして携にだけハグ……!  歪みそうになる顔を必死で堪えていると、会長が手元のパソコンから顔を上げて携に声を掛けた。 「氷見、問題なさそうだからこのままデータを持って印刷室に行って来る」  先日と同じようにキスを返していた携が、慌てて腰を上げた。 「いえ、雑用なら俺が」 「来週の会議用に作成した資料がこのフォルダに入っているから、折角シャールも来てくれたことだし二人で翻訳しておいてくれないか。僕一人でやるより速いだろう」  会長はパソコンのサイドスリットから何か小さなチップを抜くと、それをブレザーのポケットに入れてさっさと立ち上がった。先程の言葉に納得したのか、携がパソコンに向き直り天使もその隣に腰掛ける。 「ああ、結構量がありますね。二人でやれば夕食には間に合いそうです」  もう仕事モードに入ったのか、携は真剣な表情で読み進めながらキーボードに手を伸ばした。それを待っていたのか、会長が俺の方へやってきて肩を抱かれるように廊下に連れ出される。 「折角だから、付き合ってくれるか?」  会長の手には、通学に使っている鞄が提げられている。印刷室は職員室の隣で一階にあるから、そのまま帰寮するつもりなんだろう。  頷いてそのままいつもは使わない階段を二人並んで降り始める。歩き出したときにはもう肩から手を外されていたけれど、少し足早に降りていく会長に歩幅を合わせるため俺は小走りになっていた。途中でそれに気付いたのか足を緩めた会長が「すまない」と振り返る。ぷるぷると首を振ると、今度は俺に合わせるように歩き始めた。 「あの、さっきの人は」 「ああ、シャールか……彼は社長の知人でね。最初から学園内の雑用を色々と手伝ってくれていたそうだが、今は執行部の手伝いもしてくれているんだよ。大抵裏庭の手入れをしていたようだから見覚えはないだろうけどね」 「そうなんですか……」  社長の関係者、というと本社の社員とか? 年齢も不詳だし、どういう位置づけなのかさっぱり解らない。 「凄く綺麗な人ですよね、俺、今まで会った中で一番綺麗なのはウォルター先輩だと思ってたけど、比較にならないくらい美しい人がいるんだなって思いました」  何故か、ふんと鼻を鳴らす会長。 「綺麗、か……確かに美しくはあるがな。ウォルターの方が遥かにましだろう」  声に嫌悪感が含まれているのはなんでだろ? マシ、ってどういう意味なんだろう。  怪訝そうに見上げる俺に気付いたのか、苦笑を返された。 「人間として、ウォルターの方が遥かに『出来ている』と表現すべきかな。社長もそうだが、どうもあの人たちは僕たちとは次元の違う考え方をするのでね。正直、あまり生徒会には口を出して欲しくはないのだが、そうもいくまい。綺麗なことに違いはないと思うよ」  ううん……よく解らないな。話したことがないから仕方ないんだろうけどさ。

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